陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

手塚治虫の漫画『きりひと讃歌』

2009-01-07 | 読書論・出版・本と雑誌の感想
医療漫画の代表格といえば、国民的漫画家手塚治虫の『ブラックジャック』
しかし、私は『きりひと讃歌』を推しておきます。
手塚作品で読んだなかで『ブッダ』とともに、当時学生だった私が深い感銘をうけた作品です。


きりひと讃歌 (1) (小学館文庫)
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主人公の小山内桐人は原因不明の病気モンモウ病の研究をしている青年医師。発病すれば顔が犬面にみにくく歪んでしまうこの奇病に罹患しながらも、彼は病因が汚染された飲料水にあることをつきとめます。が、しかし、薫陶をうけた医学教授はみずからの立身出世のため、ウィルス性の伝染病であるという自説をでっちあげ、桐人を学界から追放してしまう。
日本での居場所をうしなった桐人は、大陸にわたるが、その風貌のため畜生としてのあつかいをうけて。

…という、まさにダイナミックな展開と、するどい社会諷刺に富んだ大作です。
主人公の名前をイエス・キリストになぞらえていることからも、単にひとりの悲劇の男の放浪と英雄としての勝利という終わりにはなっていません。人類の贖罪を意識した壮大なつくりとなっています。罹患、医局追放、妻の死、友人の裏切り、拉致され見世物にされる、という主人公を次から次へと襲う悲劇は、はらはらどきどきします。当時文庫本で読みましたが、一挙に最後まで読みすすめてしまいました。
医学部出身としての知見を活かし克明に病状を説明されているせいか、ほんとうに日本にこういう病気があったのでは、と疑ってしまったほどでした。

医学部の権力闘争をえがいたものとしては、山崎豊子の「白い巨塔」が有名ですが、物語の場を日本に限らず、また宗教的テーマをもちこんでいる点で、これとは違った傑作となっています。南アフリカのアパルトヘイトなど、差別問題にも触れており、七〇年代の世相、また一九六〇年代末に生じた学生運動の尾をひきずったものともいえそうです。

犬の顔をした人間という設定は、その後、手塚のライフワークといえる大作『火の鳥』にも流用されています。人間が人間である理由は、その外見ではなく、行動と理念にある、というメッセージがそこにうかがえます。部下や患者の命をかえりみない非道の教授が、終盤でモンモウ病を発病したくだりはまさに、彼のような人間こそが獣以下の生き物であることを揶揄するものでしょう。もともとブルドッグのような顔をしており、人間が醜いたくらみを抱くと、その攻撃性が顔にあらわれてしまう。犬の顔をしても誇りをうしなわず、中東で医療にあたる新しい生き方をした桐人とは対称的に。
天才的な外科手術の腕をもってしても、縫いとめられないのはちぎれたひとの心。医学でも治せない、精神領域にメスをいれ、縫合をこころみたのがまさに医師をはなれた手塚の仕事だったと言えるでしょう。












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