今日は仕事で現地の小学校に視察に行った。この学校は1年生から5年生までを受け入れている。
ブラジルの教育制度を少し説明すると、ブラジルの学校は初等教育(Ensino Fundamental)中等教育(Ensino Médio)、高等教育(Ensino superior)と大きく3つに分かれている。
初等教育は6歳から入学する。1年生から9年生までの9学年あり、日本の小中学校に相当する。ただ、この9年生が導入されたのが去年くらいからで、まだすべての学校が対応できているわけではない。
中等教育は日本の高校に当たり、1年生から3年生まである。因みに日本と違って、高校入試はない。初等教育学校を修了した生徒は、公立学校であればどこに通っても構わない。日本などと違って、学区なども存在しない。
高等教育とは日本の大学である。ブラジルでは公立大学は授業料は無料。そして、教育水準は総じて高い。一方、私立大学は一部の有名私立大学は例外として教育レベルは一般的に低い。しかし、授業料は非常に高い。
従って、お金にある程度余裕のある中流の中以上の家庭は、少なくとも高校からは子供を私立に通わせて、大学は無料の公立に行かせるという教育方針を取る。なぜなら、一般的に私立高校は教育水準が高いからである。でも、授業料もかなり高い。従って、親の視点から見れば、大学で高い学費を払うか、高校で高い学費を払うかという選択になる。
ただ、高校に入るために入試はないが、公立大学に入るためには入試がある。いい大学に入れば、その大学で知り合う学友たちもレベルの高い人なのであるから、いい環境で高い教育を受けることができる。そういう意味でも親としては授業料を払っても私立高校に通わせ、レベルの高い授業料が無料の公立大学に行かせようとするのは当然と言えるだろう。
ブラジルの学校ではテストによる順番付けがない。小さい時から競争にさらされていないのである。テストの平均点さえ知らされていないから、及第点を取ればそれで満足してしまうのだ。従って、高校3年生になって初めて、大学模試なるものを受けて、希望入学学部の合否判定をもらって、自分の実力を知るという学生も多い。
その成果、自己を過大評価する学生が多い。単なる世間知らず。井の中の蛙なのである。また、逆にすぐに何でもあきらめてしまう生徒も多い。打たれ弱く、努力できないのである。言い訳する生徒も多い。
日本は小さい時から競争にさらされている。だから、自分の実力を小さい時から思い知らされ、夢を持っていない子供が多い。一方、ブラジルは高校3年まで競争にさらされない。小学校さえろくに卒業できない生徒も多いことから、高校にでも行っていれば、それだけで自分は勝ち組だと思い込み、実力に見合わない大きな夢を持っている生徒が多い。
大きな夢を持つことは本当に大事である。ブラジル人は自分を信じている。それも本当に素晴らしいことである。でも、その夢を持つに当たって、努力という裏づけが欠けている場合が多い。
日本人は夢が小さい。小さい時から競争にさらされ過ぎているからである。また、親は子供の努力を褒めたり、子供の夢を信じたりすることができない。日本の親は概して子供を批判し、比較し、客観的評価をする。また、テストの成績がよかったとしても子供を決して褒めない。褒めるとつけあがると思っているからである。だから、子供は悲観的で現実的になる。
もちろん非現実的な夢を見ろと言っているのではない。僕が言いたいのは、親は子供の夢を一緒に信じてあげようと言っているのだ。それが親ができる唯一のことなのではないかと思う。人は本当に自分を信じてくれる人がいると、その人のためにも頑張ることができるものなのである。
もちろん、ブラジル人にはもうちょっと現実を知れと言いたくなる時も多い。口ばかりで何もしない者が多いからだ。でも、結果としてテストが70点だったとしたら、親から言われて嫌々勉強して70点なのと、親からお前はすごいと言われて調子に乗って70点取ったのでは中身は全然違う。褒められて取ったほうが断然いいのである。
訪問した小学校でクラスを見学させてもらったが、生徒の身なりを見ると、いかにも貧民街から通っているような生徒が多かった。前歯のない子。服装が汚らしい子。全体的に褐色系の子供が多かったのも貧民街からの子供だからである。
教頭の話によれば、貧民街の子供の親たちは、昼間に貧民街にいて何もしないより無料で給食も出る、安全な学校内で遊ばせておいたほうがいいという判断で、学校に通学させるのだそうだ。初めて見た僕ら日本人に目を輝かせた子供たちは、自分たちがアルファベットを読めることを自慢げに見せびらかした。
純粋な子供たち。ブラジルの将来は基礎教育への投資によると僕はつくづく思う。ブラジル政府は大学の数、博士課程、修士課程の数を増やして、大学教育に投資しているが、教育の底辺である初等教育に力を入れなければ国力は絶対にあがらず、貧富の差は拡大するばかりである。是非とも、この輝く瞳を持った小さな子供たちに投資してほしいと思う。
ブラジルの教育制度を少し説明すると、ブラジルの学校は初等教育(Ensino Fundamental)中等教育(Ensino Médio)、高等教育(Ensino superior)と大きく3つに分かれている。
初等教育は6歳から入学する。1年生から9年生までの9学年あり、日本の小中学校に相当する。ただ、この9年生が導入されたのが去年くらいからで、まだすべての学校が対応できているわけではない。
中等教育は日本の高校に当たり、1年生から3年生まである。因みに日本と違って、高校入試はない。初等教育学校を修了した生徒は、公立学校であればどこに通っても構わない。日本などと違って、学区なども存在しない。
高等教育とは日本の大学である。ブラジルでは公立大学は授業料は無料。そして、教育水準は総じて高い。一方、私立大学は一部の有名私立大学は例外として教育レベルは一般的に低い。しかし、授業料は非常に高い。
従って、お金にある程度余裕のある中流の中以上の家庭は、少なくとも高校からは子供を私立に通わせて、大学は無料の公立に行かせるという教育方針を取る。なぜなら、一般的に私立高校は教育水準が高いからである。でも、授業料もかなり高い。従って、親の視点から見れば、大学で高い学費を払うか、高校で高い学費を払うかという選択になる。
ただ、高校に入るために入試はないが、公立大学に入るためには入試がある。いい大学に入れば、その大学で知り合う学友たちもレベルの高い人なのであるから、いい環境で高い教育を受けることができる。そういう意味でも親としては授業料を払っても私立高校に通わせ、レベルの高い授業料が無料の公立大学に行かせようとするのは当然と言えるだろう。
ブラジルの学校ではテストによる順番付けがない。小さい時から競争にさらされていないのである。テストの平均点さえ知らされていないから、及第点を取ればそれで満足してしまうのだ。従って、高校3年生になって初めて、大学模試なるものを受けて、希望入学学部の合否判定をもらって、自分の実力を知るという学生も多い。
その成果、自己を過大評価する学生が多い。単なる世間知らず。井の中の蛙なのである。また、逆にすぐに何でもあきらめてしまう生徒も多い。打たれ弱く、努力できないのである。言い訳する生徒も多い。
日本は小さい時から競争にさらされている。だから、自分の実力を小さい時から思い知らされ、夢を持っていない子供が多い。一方、ブラジルは高校3年まで競争にさらされない。小学校さえろくに卒業できない生徒も多いことから、高校にでも行っていれば、それだけで自分は勝ち組だと思い込み、実力に見合わない大きな夢を持っている生徒が多い。
大きな夢を持つことは本当に大事である。ブラジル人は自分を信じている。それも本当に素晴らしいことである。でも、その夢を持つに当たって、努力という裏づけが欠けている場合が多い。
日本人は夢が小さい。小さい時から競争にさらされ過ぎているからである。また、親は子供の努力を褒めたり、子供の夢を信じたりすることができない。日本の親は概して子供を批判し、比較し、客観的評価をする。また、テストの成績がよかったとしても子供を決して褒めない。褒めるとつけあがると思っているからである。だから、子供は悲観的で現実的になる。
もちろん非現実的な夢を見ろと言っているのではない。僕が言いたいのは、親は子供の夢を一緒に信じてあげようと言っているのだ。それが親ができる唯一のことなのではないかと思う。人は本当に自分を信じてくれる人がいると、その人のためにも頑張ることができるものなのである。
もちろん、ブラジル人にはもうちょっと現実を知れと言いたくなる時も多い。口ばかりで何もしない者が多いからだ。でも、結果としてテストが70点だったとしたら、親から言われて嫌々勉強して70点なのと、親からお前はすごいと言われて調子に乗って70点取ったのでは中身は全然違う。褒められて取ったほうが断然いいのである。
訪問した小学校でクラスを見学させてもらったが、生徒の身なりを見ると、いかにも貧民街から通っているような生徒が多かった。前歯のない子。服装が汚らしい子。全体的に褐色系の子供が多かったのも貧民街からの子供だからである。
教頭の話によれば、貧民街の子供の親たちは、昼間に貧民街にいて何もしないより無料で給食も出る、安全な学校内で遊ばせておいたほうがいいという判断で、学校に通学させるのだそうだ。初めて見た僕ら日本人に目を輝かせた子供たちは、自分たちがアルファベットを読めることを自慢げに見せびらかした。
純粋な子供たち。ブラジルの将来は基礎教育への投資によると僕はつくづく思う。ブラジル政府は大学の数、博士課程、修士課程の数を増やして、大学教育に投資しているが、教育の底辺である初等教育に力を入れなければ国力は絶対にあがらず、貧富の差は拡大するばかりである。是非とも、この輝く瞳を持った小さな子供たちに投資してほしいと思う。
日本は一度道を踏み外すと、なかなか成功路線に戻れない堅苦しい世の中です。
ただ、ブラジルでもあまりにも踏み外し過ぎるとなかなか戻れないようです。
日本の子供は恵まれた環境にいるわけですから、他人を気にせず、自分を信じて夢を持って生きていってくれたらと思います。
来年は大学受験を控えているので日本とブラジルの大学について調べていました。ブラジルの教育について探していたところ、この文章に出会いました。日本が学生に強いプレッシャーをかける点やいろんなことで共感できました。
私は日本がそのような教育の仕方をとるのはもともとの国民の性格というか、考え方によるためだと思います。学生にいいものだけ与えようとして、かえっていろんな機会を与え損ねているように思います。
この文を読んでさらに深く考えることができたので感謝します。これからも読ませていただきます