論語を現代語訳してみました。
公冶長 第五
《原文》
子曰、巧言令色足恭、左丘明恥之。丘亦恥之。匿怨而友其人、左丘明恥之。丘亦恥之。
《翻訳》
子 曰〔のたま〕わく、巧言〔こうげん〕・令色〔れいしょく〕・足恭〔そくきょう〕なるは、左丘明〔さきゅうめい〕 之〔これ〕を恥〔は〕ず。丘〔きゅう〕も亦〔また〕之を恥ず。怨〔うら〕みを匿〔かく〕して其〔そ〕の人を友〔とも〕とするは、左丘明 之を恥ず。丘も亦 之を恥ず。
子 曰〔のたま〕わく、巧言〔こうげん〕・令色〔れいしょく〕・足恭〔そくきょう〕なるは、左丘明〔さきゅうめい〕 之〔これ〕を恥〔は〕ず。丘〔きゅう〕も亦〔また〕之を恥ず。怨〔うら〕みを匿〔かく〕して其〔そ〕の人を友〔とも〕とするは、左丘明 之を恥ず。丘も亦 之を恥ず。
《現代語訳》
孔先生がさらにお話をつづけられて、次のようにも仰られました。
口先が巧〔たく〕みで、顔つきは穏やか、行動も慎〔つつし〕み深い、そういう外見上だけを繕〔つくろ〕うことを、私の〈心の〉友人〔とも〕としている左丘明殿は "恥じ" としておったが、私もまた、同じだな。
左丘明殿はまた、ある人物への恨みを隠しながら友人付き合いをすることを "恥じ" としておったが、私もまた、同じだな、と。
〈つづく〉
《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。
なんやかんとやっているうちに、ウルトラマイノリティー(超少数派)になっちゃいましたけどね…(笑)
元はといえば、超がつくほど自己中で短気だった自分でしたが、それを改めるためにと、他人に媚びを売るようなことを30代半ばあたりまで続けてきました。
で、ふと、そんな自分自身を鏡に映して観てみたら、ものすごく恥ずかしい気持ちになったのを今でもよく覚えています。
そして、それ以降、本当の友を探す、というよりも、本当の自分を探す(知る)ことを心掛けながら、まだまだ迷走中ですけども…ね。(;´Д`)
現在に至ります。はい…(*ノωノ)
※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考
※ イラストは『かわいいフリー素材集 いらすとや』さんより