『好きな人に好きになってもらうっててこんなに嬉しいことなんですね。』
『わからないことがたくさんあって、それを知るのは楽しい。』
『わからない知らないって悲しいです。大好きな越前さんの辛さがわからないって悲しいです。』
当たり前の言葉が、なんだかすっごく心に響くこのドラマ。
漫画の世界、ココの世界、なぜか会話が噛み合うやり取りも素敵に思う。
私はどなたの漫画の世界で生きてるんだろう。
私を描く神様は、どんな人なんだろう。
その人が幸福なら、私も幸福に描いてくれる。
じゃあ私を描く神様が喜んでくれるように、したいんだけど、誰なのか。
それを、今日会う人達だと仮定する。
喜んでくれたら、幸せになってくれたら、私は嬉しくって、幸せになる。
私を描く神様が幸せになるってことは、そして幸せな私を描いてくれるとは、こういうことだ、きっと。
描いてくれる、でもそれは、自分なんだね。
責任を負いたくない私は、描いてくれるって思えばいい。
その方が心強いんだもの。
他力本願がひっかかるのなら、自分で描くって思えばいい。
私を描く神様は、目の前の人。その人を喜ばせて幸せにするのであれば、
私も幸福になるんであるということ。
でも最後は、神様は、自分なんだあって思う。
毎日がいつも一緒で、代わり映えしないのは、自分がそこに、いるからだもの。それを幸せでないって思うのならば、それを神様のせいにするのは間違っている。
誰も悪くない。
神様を変えればいい。神様はたくさんいる。たくさんの神様を喜ばせればいい。
お客様は神様だ。
これって誰が言い出したんだろう。
今日はその言葉が妙に腑に落ちる。