栄光を続けるのは難しい。
過去の栄光をうたっているかのようなプロフィール画像、現在のくたびれたおっちゃんヤンキーみたいな投稿画像。
田舎はヤンキー色が強いから、悪ぶって強く見せたいおふざけ画像なのだろうけど、
正直痛々しい。
コメントもエラソウ。
あんたー、いくつに、なったよ。
もうそんな自分撮りして、他人とは違うぞって、粋がってみても、
寒くてハズカシクテなんか、見てられないよって人がほとんどほぼ全員。だと思うよ。
と、忠告したくなる。
逆に劣等感や敗北ぶりがあらわになるって気の毒だ。
そうやって非難するのは、そういうのを私が一番恐れているからだ。
み、私に、過去の栄光なんてないがイタイヤツにはなりたくない。と、常々思っている。
じゃあイタイヤツってどんなだ?
とにかく一生懸命生きてない奴、何かに逃げ込んで、い、ま、を生きてない奴、、、、、、、私だな。
もしかしたらそのイタイヤツは、そう見えるだけかもしれない。私が勝手に投影しているだけなのかも。
見る人見る人、私を映す鏡だと、つくづく思う。
軽蔑とか、非難とか、したくなったとき、本当はそれを自分が一番恐れているんだってこと。
本気になれよと誰かが言っている。一生懸命とか、真剣は、余裕綽々よりカッコいいんだって。
怖いし面倒くさい。いつまでも私を留まらせようとする。