お兄ちゃん日記

2017年9月14日、今日からこのブログでやってみることにします。

毎日が無事に過ごすことの幸福感

2021-06-18 05:21:58 | 日記

毎日が無事に過ごすことの幸福感

 

私たちの青年時代は、毎日の生活に変化を求め、何もない退屈な日々

を不満に思う傾向がある。そして、病気や大怪我などについては殆ど

意識することはなく、毎日のように刺激を求め行動していた。

 

当然に健康については、なかには家族の健康状態に影響されることも

あるが、殆どは健康であることの尊さを実感することはない。そして

健康が損なわれて初めて失うことの大きさを知らされる。

人間は「単調」「平凡」「無変化」と云うことを嫌いがちである。し

かし、好奇心や感受性の感度を高くしていれば、なにもない日常でも

充実感はあるものである。

 

私の現在の日常の生活を考えると、社会に対する生産性や貢献度は

些細なものかもしれないが幸福感はある。つまり、日々の中で楽し

かったり、嬉しいことが幸せではなく、日常の生活の中に幸せがあ

るのだと思う。

 

私は毎朝「神棚」に手を合わせ、「家族が今日も何事もなく一日を

無事に過ごせますように」とお願いしている。そして一日が無事で

終わることこそ幸せの実感であり、感謝の気持ちが生まれるのだと

思っている。

 

 


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