少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

冬期限定ボンボンショコラ事件

2024-05-17 15:01:21 | 読書ブログ
冬期限定ボンボンショコラ事件(米澤穂信/創元推理文庫)

このシリーズ、確かに四季の一部が欠けていたけれど、長い空白期間を経て番外の「巴里マカロン」が出たこともあり、「冬期」が出るとは期待していなかった。

読み終えた後では、シリーズを完結させるために、今作が必要だった。というよりは、これまでの作品すべてが、今作のための準備だった、とさえ思える。

主人公は交通事故にあい、入院する。不自由で退屈な入院生活と、中学生時代に起きた未解決事件の回想が描かれる。その事件を通じて知り合った、小市民を目指す同志であるヒロインは、途中まで、チョコレートボンボンの差し入れと短いメモでだけ登場する。

そして、限られた情報から、3年前の事件と今回の事故の真相が解明される、安楽椅子探偵的なミステリ仕立てになっている。

特記すべき事項。

本シリーズを特徴づける「小市民」という言葉。通常、特殊な意味合いでしか使われない言葉で、ユーモア推理の風味付けかと思っていたが、主人公とヒロインの間では、自戒を込めた特殊な意味合いを持っていたことが明らかになる。

そして、もうひとつのキーワードである「互恵的」関係は、高校生活の終わりと同時に解消し、新たに、「次善」という言葉が特別な意味を持たされる。

いずれにしてもこのシリーズは完結した。仮に続編が書かれるとしても、それはまた別の物語になるだろう。


ビブリア古書堂の事件手帖Ⅳ

2024-05-10 15:45:14 | 読書ブログ
ビブリア古書堂の事件手帖Ⅳ~扉子たちと継がれる道~
(三上延/メディアワークス文庫)

新シリーズの4作目。今作で取り上げられる作家は夏目漱石だが、漱石の初版本を含む「鎌倉文庫」が、今回の大きなテーマ。

そして今作の主眼は、作者がかねて予告していた、栞子の過去が描かれていること。

正直、このシリーズは行き詰まりかけているのではないか、と危惧していた。発行の間隔が長くなり、内容も、扉子よりはむしろ、依然として栞子が中心的な役割を果たしている。

前作から2年後に発行された今作は、そのような懸念をきれいに拭い去ってくれた。

戦後間もない時期に実在した「鎌倉文庫」の貸出本の行方、という謎を軸に、3世代の女性それぞれの17歳の姿が描かれ、物語の枠組みが大きく広がった気がする。

断片的な感想を。

解決編となる栞子の物語が際立っているのは確かだが、これまで、いくらか悪役のように描かれていた人物も、1人の本を愛する女性として丁寧に描かれている。

栞子の夫、大輔の視点で記述される章があるのは従来どおりだが、今回は、それに加えて、栞子の父、篠川登も登場するのが新鮮だった。

今後、例えば栞子の母が家を出るエピソードが語られる、というような展開を期待してもよいのだろうか。

次作もきっと待たされるだろうが、作者の呻吟を想いつつ、楽しみにしたい。

シルバービュー荘にて

2024-05-03 15:10:51 | 読書ブログ
シルバービュー荘にて(ジョン・ル・カレ/早川書房)

21年1月に紹介した『スパイは今も謀略の地に』がジョン・ル・カレの遺作だと思っていたが、その後この本が出版されていることに、最近、気が付いた。

息子による「あとがき」によれば、父との約束に基づき、ほぼ完成形で残された原稿を出版した、とのこと。

2人の人物が交互に描かれる。不審な情報に接した保安機関「サービス」の責任者。競争の厳しい金融業の世界を引退し、書店を始めた男。その関係がよく理解できないうちに話が進み、次第に、ある人物に焦点が当てられていることに気が付く。

いわゆるスパイ小説らしい派手さはない。作品としては、『スパイは今も・・・』や『繊細な真実』に近いものを感じる。

この作品が生前に発表されなかったのは、おそらく息子の推測が的を得ているのだろう。

スパイ小説について語っていると、あの国やこの国の悪口を言いたくなるが、それを我慢して少しだけ感想を。

結局、その男のことを一番理解していたのは娘だった。

書店主は、よいスパイになりそうだが、その物語を書く人はもういない。

なお、息子はニック・ハーカウェイ。(22年7月に紹介した『エンジェルメイカー』の作者)

戦場のコックたち

2024-04-26 16:30:22 | 読書ブログ
戦場のコックたち(深緑野分/東京創元社) 

22年11月に、この作者の『ベルリンは晴れているか』を紹介した。その後、近作を少し試してみたが、やはり評判の高いこの作品を読むべきだと思った。

 この本は、合衆国が第二次世界大戦に参戦した時期に陸軍に志願し、ノルマンディー上陸からドイツ降伏までコックとして従軍した若者の物語だ。

 コックといっても専業ではなく、当然、戦闘に参加する。輸送機からの降下、物資の補給、銃撃戦など、戦争の様々な局面が描写される。多くの文献を参照したことがうかがわれるが、それにしても、終始、一人称で語られる文章が生み出す臨場感には目を見張るものがある。 

戦争を描いているから凄惨な状況が次々と現れるのはやむをえないが、時おり、謎解きの要素が挿入される。戦争を題材にした謎解きというよりは、それが物語の骨格をなし、読者にとってはページをめくる推進力になる。

 読むべき作品とは、あえて言わない。しかし、読む価値のある本だ。

 エピローグがよかった。予想していなかったが、予想外ではなかった。

横浜ネイバーズ

2024-04-19 15:47:42 | 読書ブログ
横浜ネイバーズ(岩井圭也/ハルキ文庫)

本屋で、初見の作家の文庫を買おう、と思って選んだ本。短編連作の探偵もののようだし、表紙に惹かれるものがあった。

横浜中華街を舞台とする物語。主人公は週に三日、バイトをしている20歳のフリーター。推理ものというよりは、身近で起こった困りごとを解決していくお話、というべきか。読み終えると続編があることがわかり、現在出版されている第4作まで、一気に読了した。

取り上げられる困りごとが実に現代的なのが、本書の際立った特色か。薬物乱用、課金ゲーム、特殊詐欺、ルッキズム、いじめ、eスポーツ、転売ヤー、闇バイト、マッチングアプリ、ギフテッド、ディープフェイク・・・

軽い読み物には違いないが、内容はそれほど軽くない。警察がらみの事件も多いが、警察官になった先輩の手助けと、ネジが1本外れている主人公の行動力で乗り越えていく。

シリーズが進むにつれて人脈が広がり、ストーリーに深みが増してくる様子は、『ビブリア古書堂の事件手帖』を思わせるところがある。いろいろと気が回る主人公だが、ある一点では極めて鈍感、という設定は必要なのか、とも思うが、それも愛嬌か。

いずれにしても、このシリーズにはしばらく付き合うことになりそうだ。