生麦浜の暗闇の沖で、愛友丸の荷揚げ作業は機関長の陣頭指揮で、密かに静かに行われた。
覆いのカバーが取り除かれた船倉には、麻袋に入った闇米がうず高く積まれている。
若い船員二人が、床に敷いた大きな網に麻袋を積んで行く。
二人がかりで、30kgの麻袋を「ヨイショ、ヨイショ」と積んで行く。
10個ほど積んで、網の紐をウインチのロープにかけると、デッキ上で待つ健さんがウインチを操作して荷物を上に持ち上げ、船側に待機しているだるま舟に降ろす。
その作業は休みなく続けられた。
夜の7時頃に船内の小さな食堂で簡単な夕食の摂り、8時過ぎに始まったその作業は夜中の12時過ぎにようやく終わった。
耕一は、その作業の間、厨房で板長(コック)の手伝いをしていた。
厨房では、翌日の仕込み作業があった。
板長は人の良い初老の男であった。機関長の縁者であるらしい。
留(とめ)さんと呼ばれているその板長は、ジャガイモの皮をむきながら耕一に話しかけた。
「なあ耕一、おまえは生みの親の顔を知らないというが、両親のことを全く知らないのかい?」
「養子に行った先の継母の話では、父親はお寺の坊さんだったらしいです。今では名前も住所も分かりません」
「お母さんは・・・・?」
「母は九州の生まれらしいです。九州で住職をしていた親父と駆け落ちして東京へきたらしいです」
「・・・・・・・・・」
「両親は僕が生まれてしばらくしてから離婚したらしいです」
「・・・・・・・・・」
「ところで留さんのご家族は?」
「わしは一度結婚したのだが、わしが船に乗っている時に、女房は男を作って出て行ってしまったよ」
「・・・・・・・・・」
「一人娘を置いてな・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「娘が小学3年生の時だった・・・」
「・・・・・・・・・」
「耕一よ、人生色々あるよ。色んなことがあるから面白いのよ。まあその時は大変だけどな。娘を育てるのは大変だったけど、今ではわしを助けてよくやってくれるようになった」
「オヤジの背中を見て子供は育つっていうことですね」
「まあ、そんなとこかな」
二人がそんな四方山話をしながら厨房で作業をしていると、機関長の声がした。
「おーい留さん。もうすぐこっちの作業が終わるよ。夜食の準備を頼むよ!」
「あいよ。いつでもOKだよ」
留さんはそう返事すると、梅干を入れた大きなおにぎりを手際よくにぎり始めた。
続く・・・・・・
いろんな人生がありますね。
まったく思わぬところから、
自分とは無縁だったはずの世界に、
入り込むことになったり、
確かに大変な事もありますが、
その分生きている実感はひとしおですね。
そのとおりですね。
人それぞれに人生ドラマがありますね。
山あり谷あり、お花畑あり・・・・