《秀吉も草履取りから天下を取った。どこまで出来るか分からんが、俺もやるだけやってみよう!》
耕一は、そう心を定めて玄関に立った。
やがて、浜の網元や駅前商店街の店主らが姿を現し始めた。
「こんばんは! お疲れ様でございます。どうぞこちらへ!」
耕一は、玄関口で元気に挨拶をしながら、客人を機敏に中に案内した。
玄関の上がりかまちで番頭が待機しており、「ささ、どうぞこちらへ」と言いながら、客人達を中の座敷へ案内する。
広い玄関には、大きな下駄箱が側面に据え付けられていた。
まるで銭湯の下駄箱のようであった。
耕一は、客人が脱いだ靴を、素早くその下駄箱に入れる。
この時に、客人の顔と脱いだ靴の形状をしっかりと覚えておかなければならない。
客人が帰る時に、間違えなく本人の前に、履いて来た靴を揃えて出さなければいけないのだ。
下駄箱の番号札を本人に渡すようなヤボなことはしない。
下足番が全て記憶しておかなければならない。
だが、客人の数は一人や二人ではない。三十人もいるのだ。
その三十人の靴の全ての持ち主を記憶しなければならない。
並の男の務まる仕事ではない。
もし、間違って他の人の靴を出したら、おそらく代貸の罵声と張り手が飛んでくるのだろう。
耕一は全神経を集中して、下足番をしていた。
その時、親分と代貸が中から現れた。
「親分、こいつが新入りの房州です。なかなか気が効いていて使えそうな男ですぜ」
代貸が親分に耕一をそう紹介すると、親分は、「ご苦労」と耕一に声をかけた。
渋川組の親分は、見るからに貫禄があった。
この男に睨まれたら、その場から一歩も動けなくなってしまいそうな気がした。
「おい房州、そろそろ市長が来る頃だ。粗相の無いようにな」
代貸はそう言うと、親分を案内して玄関先の車寄せに立った。側には番頭も控えている。
やがて、ヘッドライトを点けた一台の車が、屋敷の門を入ってくるのが見えた。
車寄せに車が停まり、中から大柄な紳士が姿を現した。
「これはこれは、市長、お忙しいところお越し頂き有難うございます。
いつぞやは内の若い衆がえらいお世話になりました」
親分が慇懃に挨拶した。
「いやいや、こちらこそ色々とお世話になってますよ親分。今夜は楽しませてもらいますよ」
大柄な市長は、そう挨拶を返し、持っていたタバコをうまそうにふかした。
親分の後ろに控えていた代貸が、
「市長、お待ち申しておりました。さあ、どうぞこちらへ」
と、市長を玄関に招き入れ、中の座敷へ案内して行った。
耕一は、市長が脱いだ高級な紳士靴を大事に手で持つと、布でほこりを払い、下駄箱最上段の右端に置いた。
《これだけは、死んでも間違ってはならない》
耕一は、そう心に念じながらその靴を置いた。
「さあ、張った張った!」
中の鉄火場から威勢の良い声が聞こえてきた。
続く・・・・・・。
なかなか真っ当な職業に就けない耕一青年ですが、才覚は有りそうですね。
ここから市長さんか親分に見込まれて、のし上がって行くのでしょうね。
なんか大昔に読んだ 「どてらい奴」 のようで、ワクワクしながら明日を待っています。
耕一、頑張れ!(笑。
息を凝らしてと言うのでしょうか、
緊張しながら読み進めました(笑)
戦後のお話しって、
「生きてる」って感じが強いですね。
みんな必死だった時代。
その一生懸命さが美しい人間模様を描いているのでしょうね。
応援のコメント有難うございます。
「どてらい奴」は拙者もテレビドラマで観た記憶があります。確か西郷輝彦が主演してましたよね。
懐かしいですね・・・・・。
耕一君も必死で生きていきます。
拙者もワクワクドキドキしながら書き進めていますが、取材等の関係で、少々時間がかかる時もありますので、ご容赦下さい。
子供見守り隊日記、いつも楽しく拝見させて頂いております。
今後とも宜しくお願い致します。
あの世界の話になると、緊張しますよね。
拙者も時々、代貸の気分になってみたり、親分の気分になってみたりしながら書いているんですが、ハラハラドキドキを楽しみながらキーボードをたたいています。(笑)
これからも緊張の日々が続きそうですよ。
今日も有難うございました。