自分というものが
わからない。。。
自分というものが
たくさんいます。
それは
当然の事なんです
あれもこれもやりたい
あれもこれもやりたくない
魂の観点からみると
当然の現象です。
魂には
たくさんの経験がつまっています。
時には
女性
母親
男性
父親
愛人、裏切り者、裏切られた者
英雄、不憫な人
殺人者、殺害者、ニート、
自殺者、
平和主義、信仰者、教祖、
悪魔払い、黒魔術、
侍、先住民、冒険家、異端児
公務員、戦争体験者
さてさて
並べあげてはきりがありません。
自分が、
いえ、
正確にいえば
魂がどれだけの経験をしてきたのか
魂が経験を積んだ分
今の
自分が存在しています。
いい人、いい事ばかりの人生もあり。
悪いことばかりの人生もあり
いい役
悪役
も、あったことです。
記憶としては
忘れたとしても
魂が覚えているのが一般的です。
その部分が 時々顔を出します。
悪いことへ理解できる自分がいたり
悪いことへ絶体ゆるせない自分がいたり
この度に
自分というものの
一過性か纏まらないことに
自分がどういう人間なのか?
と
悩みます。
答えややりたいこともそうです。
例えば
有名人になりたい!
でも
目立ちたくない
バカみたいにお金を稼ぎたい!
でも
無駄遣いはしたくない
生活に困らなければいい。
などなど
矛盾に悩みます。
どちらも
本当の自分で
どちらの思考も
正しいのです。
その時々に自分について。。。
で
人は悩みます
その時々の自分で
大丈夫です。
人として
道を外すことさえなければOKです。
どの感情も
どの気持ちも
先ずは
そうか、これも自分の感情なんだな
そうか、これも経験の感情なんだな
と、
ひとつに絞らなくてもいいのだと
覚えていてください。
誰かが
出した答えより
自分の感情が
出す答えがしっくりきます。
焦らないことです。
地球への感謝をお忘れなく