江戸川教育文化センター

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褒められたもんじゃない?!

2020-07-28 | 随想
 古本屋で『トンネルものがたり』(横山章・下河原稔・須賀武著 吉村恒監修: 株式会社 山海堂)という本を見つけたので、買って読んでみた。

こんな記述があった。
 
 丹那トンネルが完成したころ(1934年)アメリカ人アーチバルト・ブラックによって書かれ『トンネルの話』の中で、著者はこう述べています。

実際このトンネルのように、各種の困難な条件が重なり合ったことは、トンネル工事上今日まで前例のないことです。
多年にわたり、トンネル工事上苦しんだ生涯のほとんどあらゆる種類が、この一つのトンネル工事にいっぺんに出現した感じがします。
(中略)
技術者たちは、一度着手したからには、どんな困難にぶつかろうが、最後まで成し遂げる決心を固めたのでした。
そしてついに福井津の精神は勝利を収めたのです。
しかし、これがため、70人からの人命と莫大な工費とを犠牲にするのやむなきに至りました。
工事は1934年にようやく完成して、その年の暮れに迫って、めでたく開通しましたが、事故の多かった点で、史上、これに比すべき記録はありません。

(トンネルものがたり p52~53)

 
 また、続く62ページでは、次のように書かれている。
 
 大正14年(1925年)大湧水で水浸しの西口坑内を視察したニューヨーク市地下鉄技師長ロバート・リッジウエイもあまりの状況に驚いてただ一言
「アメリカではこのような難工事に出会った実例がない。
アメリカでは、とうの昔に工事を放棄して他の路線を選ぶだろう。
日本の技術者の勇気と大胆さには全く驚かざるを得ない。
したがって何らアドバイスはできない。」


こうした、アメリカ人の技術者の評価を受けて、著者は、次のように述べる。

 困難に打ち勝つ不屈の精神力は、青函トンネルに受け継がれ、大海底トンネル工事を成功に導きました。
今日、難しい条件のトンネル工事に日本の技術力が世界に優れているというならば、それは丹那で悪戦苦闘した先輩のおかげであると断言できます。
しかし、欧米人が暗に指摘しているように、もっと柔軟な発想と計画の変更があってもよいのではないかと思います。
常に不屈の精神が前面に出て、大きな犠牲を払いながら、最後にはこれが勝つというのは決して好ましいことでありません。
 


 「不屈の精神で、多くの犠牲を払い困難に打ち勝つ」のは、美談になりやすい。
そして、世の人々(とりわけ日本人は?)この手の「美談」が大好きだと思う。
(ああプロジェクトX!)

美談の陰で失われた命の尊さや、握りつぶされた「プランBの存在」についても、もっと考えたほうがいいのではないか。

こんなことをCOVID-19の感染者が増え続けている中で考えてみた。
 

-K.H-

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