日本一高いビルにあるあべのハルカス美術館で「鈴木春信(すずきはるのぶ)」展が始まりました。
現在浮世絵として一般的に認識される四色フルカラーの作品は「錦絵(にしきえ)」と呼ばれます。鈴木晴信は錦絵を最も早く世に送り出した絵師と考えられています。細い線だけで微妙な心の変化を表現する春信の美人画はとても洗練されており、錦絵が爆発的に流行するきっかけとなりました。
春信は他の浮世絵師と比べて現存する作品数が少なく、しかも8割以上が海外にあります。日本国内の所蔵品だけで展覧会を開くのは難しい絵師なのです。春信作品の所蔵点数世界一を誇るボストン美術館が全面協力したこの展覧会は、国内で春信をたっぷり味わう稀有な機会です。
ボストン美術館の春信作品は、ビゲローとスポルディング兄弟の両者のコレクションが主流になっています。
ビゲローは明治初期に、考古学者で日本美術コレクターでも知られるモースと共に来日し、特に浮世絵を熱心に収集しました。ボストン美術館が所蔵する浮世絵版画52,000点のうち6割がビゲローからの寄贈品です。
今回の展覧会はビゲロー・コレクションを中心に構成されています。保存状態がよい作品が多く、錦絵の繊細な色合いを充分に楽しむことができます。ボストン美術館は保存状態を重視して展示しない期間を長く設けていること、春信の顧客層は富裕層が多く上質な紙を使っていること、がその秘密です。
スポルディング・コレクションは寄贈時の契約でボストン美術館でも一切展示されないため、今回の展覧会では錦絵を見ることができません。光による退色を防ぐためで、こちらも保存状態のよさと作品の質は一級品です。
鈴木晴信が彫師や摺師と共に錦絵の技術を開発したのは、1760年代に旗本や町人などの富裕層の間で流行していた絵暦(えごよみ)の交換会がきっかけです。当時の太陰暦では月の日数の大小(30日か29日のどちらか)が不規則に変わるため、月の大小を表す絵のビジュアルに新しい表現がどんどん求められていました。
鈴木晴信も錦絵の前には、紅・緑・黄色などの2-3色の原色でしか表現できない版画である「紅摺絵(べにずりえ)」の作品を残していますが、錦絵との表現力の豊かさの違いは一目瞭然です。
展覧会では、春信の少し前の絵師の紅摺絵から始まり、春信が活躍した約10年間の作品をはさんで春信の影響を受けた絵師の作品まで、一貫して楽しむことができます。見どころ紹介動画がアップされていますので、こちらもどうぞ。
【公式サイトの動画】 展覧会の見どころ紹介
春信の創作活動の前半は「見立絵(みたてえ)」と呼ばれる歴史上の出来事や古典を当時の風俗で表現したモチーフを多く描いています。「見立三夕「定家 寂蓮 西行」」は著名な歌人を描いた作品ですが、春信らしい表情の豊かさが伝わってきます。
浮世絵は版画ですので同じ作品が複数存在することが通常ですが、この作品は他に存在が確認されておらずまさに一点ものです。初期の作品で色彩表現に限界のある紅摺絵ですが、一点だけと聞くと余計に見入ってしまいます。
【公式サイトの画像】 「見立三夕「定家 寂蓮 西行」」
錦絵はやがて独立した絵画作品として売られるようになります。楽しむには教養が必要な見立絵だけでなく、庶民の日常生活や男女の恋、江戸の名所、有名な看板娘といったわかりやすいモチーフも手掛けていくようになります。
版画なので安価なメディアであり、大衆が当時の流行や娯楽を楽しめる雑誌としてのニーズに応えた春信が、その後の浮世絵の流行に火をつけたことがよくわかります。
「桃の小枝を折り取る男女」は、若衆と振袖の娘の目が合った瞬間の心のときめきを、絶妙の細い線で描いた目や頬のラインだけで表現しています。「恋の絵師」と呼ばれる理由がとてもよくわかる作品です。
【公式サイトの画像】 「桃の小枝を折り取る男女」
「浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花」は、当時の江戸で評判だった谷中の笠森稲荷の水茶屋「鍵屋」に実在した看板娘・お仙を描いたものです。清楚な表情と細長く強調された足が、どんな美人か実際に見たくなる願望を見事に刺激しています。
【公式サイトの画像】 「浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花」
エピローグでは春信の影響を受けた絵師たちが浮世絵をさらに盛り上げていった過程の作品が並びます。礒田湖龍斎の「やつし源氏 行幸」は、春信の著名作「雪中相合傘」のほとんどパクリの作品です。
喜多川歌麿の「お藤とおきた」は、看板娘となるための美の秘訣を伝授しているように思わせる絵です。看板娘の美人画を大成したとも言える歌麿は春信の表現をよく学んだのでしょう、より写実的で繊細になった歌麿の美人表現は雑誌のグラビア写真のような輝きを見せています。
【公式サイトの画像】 「やつし源氏 行幸」、「お藤とおきた」
入口を飾る「お仙」の拡大パネルで作品のきめ細かさがわかる
これだけの規模の展覧会は、ボストンに出かけても今後いつ見られるかわかりません。浮世絵がどのように流行していったのかもとてもよくわかります。一瞬の心の動きを表現する魔術師・春信の魅力をぜひお楽しみください。
こんなところがあったのか。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさん。
千葉市美術館の名キュレーターが届ける春信ワールド
あべのハルカス美術館
ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信
https://www.aham.jp/exhibition/future/suzukiharunobu/
http://harunobu.exhn.jp/
主催:あべのハルカス美術館、ボストン美術館、日本経済新聞社
会期:2018年4月24日(火)~6月24日(日)
原則休館日:5月中の月曜日
※この展覧会は、2017年10月まで千葉市美術館、2018年1月まで名古屋ボストン美術館から巡回してきたものです。
※この展覧会は、2018年7月から福岡市博物館に巡回します。
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