今日私はこの家を後にする。明日から私は大学、チビたちは幼稚園、小学校もある。親たちは仕事、家事が待っている。皆それぞれの役割へと立ち還る。
今朝方、三女が泣いた。今日は防災訓練で、父親が長男だけ連れて家を空けていた。二男も三女も風邪気味で連れていかなかったというのが事の発端だ。妹三女が言うには、「何で自分だけ置いていくのか、自分が大事じゃないからだ」というものだった。実際のとこ、そうではなかったのだが、三女には仕方無いことだった。私と三女は半分しか血が繋がっていない。それも説明した。父親が、ちゃんと説明してきたのかわからない。目を背けたくなる事実でもあるから、私も何も言わない。単にこの子の理解力の問題と、持論では考えている。まぁ、環境で育ち方や理解力は変わってくるのは自明だ。私はもう三女くらいの歳では家庭事情を理解していたし、有り様も視ていた。離婚経緯も知っていたし、三つ離れた次女にも説明してきた。つまりこの説明をするのは三女が実質二人目になったということだ。
「お姉ちゃんもね、寂しいことあるんだよ。だからKも寂しくなることあると思うけど、お父さんもKを忘れたりしてるわけじゃないんだよ。ただ風邪ひいてるから、Kのために連れていかなかったんだよ。」
「でもね、K最近はお父さんに肩車も、だっこもおんぶもして貰えなくなったよ。」
「違うよ、Kが少し大人になったからだよ。だからお父さんも、Kが女の子なのもあると思うけど、あんまりそういうことできなくなったんだよ。あとはお兄ちゃんたちがいろいろあるから(男子のみに表れる先天性の発達障害)なかなか難しいんだ。寂しいね、でもね……お姉ちゃんの次女はもっと寂しかったよ。だからね、Kもね、我慢しようか。大人になっていこうか。ゆっくり頑張ろうか。我が儘言わないで進んでこうか。お父さんは嫌いになったりしたからしてくれなくなったんじゃないんだよ。」
「お姉ちゃんも寂しかったの?なんで?」
「次女はね、Kくらいのときにはもうお父さんも居なかったし、お母さんは仕事をなくちゃいけなくて、殆どお家でお姉ちゃんと二人きりだったんだよ。ご飯も殆ど二人きりだったんだよ。だからね、だっこもおんぶも肩車もして貰ったこと無いんだ……」
「何でお姉ちゃん泣いてるの……?」
「寂しいからだよ。今も新しいお父さんいるけど寂しいことあるんだよ。」
「うん。」
その後昨日一緒に見た、「インサイドヘッド」という映画の話をした。「(「悲しみ」も「喜び」も大切にしなくちゃいけないって「喜び」は言ってたでしょ?だからね、悲しいときは泣いて、そうやって一人で乗り越えていくと、お姉ちゃんみたいに大人になれるんだよ。寂しいこともあるけど、お友だちとか、好きな人ができて、寂しいが無くなっていくんだ。」
そんな話を終えた頃には三女の涙は乾いていた。私は長女だ。産みの辛さ以外は子育てのことを知っている方だと思う……伊達に私も記憶力を誇っていない。なんたって、次女の出産時の記憶を幼いながらも備えているのだから。