音信

小池純代の手帖から

日々の微々 240812

2024-08-12 | 歌帖

    初冬偶成       一九九八年作

  皓月空庭百草萎
  荒籬揺落葉埋池
  寒窓凭几孤灯下
  忘刻営営写古詩

    皓月の空庭百草萎え
    荒籬揺落して葉池を埋む
    寒窓几に凭るる孤灯の下
    刻を忘れ営営として古詩を写す


        §


     冬のはじめのおもひつき

  月白く庭はむなしく一斉に一切の草しなだれ萎ゆ

                 一切:いつさい   萎:しな


  葉時計といふものあらばこのやうに落ち葉にうもれてゆく池の虚

                                   虚:うろ


  ともしびはひとりにひとつ然は言へどひとつひとつに影の伴侶

                 然:さ              伴侶:ともづれ


  いまはいつ否いまはいまあたらしき墨もて写す古詩の一篇








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日々の微々 240809

2024-08-09 | 歌帖

     初夏       一九九八年作

  雨後逐時新緑肥
  薫風習習暑威微
  林亭一榻閑無事
  隣屋蕭然人未帰

    雨後逐時新緑肥え
    薫風習習として暑威微かなり
    林亭の一榻閑にして事無し
    隣屋蕭然として人未だ帰らず


        §


     夏のはじまり

  この森はいきづくごとにふとりゆくみどりご朝の雨をふふみて


  かぐはしき風にまぎれて木木を打つ暑さ微力の力ならなくに


  なんといふことのなけれど一脚の椅子さらされて夏待つとなく


  うつむくといふは人待つ仕草にて夏の館のむね翳るかな








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日々の微々 240804

2024-08-04 | 歌帖

     初秋吟       一九九八年作

  天河淡淡入新秋
  眉月繊繊木末流
  梧葉飄来知節序
  西風瑟瑟夜窓幽

    天河淡淡として新秋に入り
    眉月繊繊として木末に流る
    梧葉飄り来て序を知る
    西風瑟瑟として夜窓幽なり


        §


     秋の初めのうた

  天の河はやあはあはとあわだちてあたらしき秋にそそぎこみたり


  かぼそかる末の向うをなほほそく月のひかりの流れてゆくも

         末:うれ


  散りおつる桐のひと葉はなにを知るなにもしらぬよ風よりほかは


  西風の顔ちかづきてふさぐかな夜の窓とふしづかな口を








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日々の微々 240720

2024-07-20 | 歌帖

     「ば・ぶ」四首

   ばぶる bubble

 割れてみて初めてわかるばぶるなる皮うすき実の空気の風味


   ばんぶう bamboo

 ばんぶうの筒より出づる姫黄金あはれうつつのゆめものがたり


   ばすたぶ bathtub

 ばすたぶはゆりかごにしてひつぎなれひとつで足りる極楽小舟


   ばぶわう babuwau

 芭蕪翁と誤植されにし芭蕉翁はるかなりけり昭和の写植

 芭蕪翁:ばぶわう

  

     「だ・ぶ」二首

   だぶすた double standard

 だぶすたと言はば言ふべしさぐられて痛くない腹滅茶痛い腹


   ぶつだ Buddha

 吾がうちの仏陀仏陀のうちの吾れウールムッター無たる仏陀よ

                           無:む









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日々の微々 240716

2024-07-16 | 歌帖

     つゆのま三首  

 涼しさや梅雨の出口の一呼吸このまま秋の庭の奥まで


 梅雨晴の「ば組」御頭おごそかに且つおだやかにバッハと芭蕉

           御頭:おかしら


 蕉翁の訓へ灼かピスタチオの殻はピスタチオの殻で割れ
     訓:をし 灼:あらた



     時計二首

 細雨の針に追はれてしくしくと長針ウサギ短針カメ
 細雨:ささあめ          長針:ながばり 短針:みじかばり


 倒れたら堂々巡りの ∞ 起きてください8の字達磨
            ∞:無限大









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日々の微々 240711

2024-07-11 | 歌帖

     試作数句  

 いくたびも地球もんどりうつ酷暑

 冷房の風極楽のいのちづな

 楯並而いざ鎌倉の夏野菜

  楯並而:たたなめて


          †

暑苦しい拙句だけではなんなので、
『おくのほそ道』から芭蕉の涼しげな二句を。

   有難や雪をかほらす南谷   〈羽黒〉

           ほ:(を)


   象潟や雨に西施がねぶの花  〈象潟〉








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日々の微々 240702

2024-07-02 | 歌帖

     半夏生すこし  


 梅雨の間にうぐひすが来てうるうると鳴くありさまをほろほろと聴く


 花白きところその都度たちどまりたちどまりして梅雨の坂道


 ものなべてこともなきなり半夏生死にたくもなく生きたくもなく


 けむりにも花にも化けてみせませうありやなしやの片白草の毒

                            片白草:カタシロ


 裾物といへどこの世はそらの裾そらよりほかによき衣なし








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日々の微々 240512

2024-05-16 | 歌帖
・大暑三首・


    桐始結花*きりはじめてはなをむすぶ

  桐の花でしたかあれは淡青の淡紫の薄影の嵩
            淡青:うすあを 淡紫:うすむらさき 薄影:うすかげ 嵩:かさ


    土潤溽暑*つちうるほふてむしあつし

  唐草と花綵まざりからみあふほどの動きもなき暑さかな


    大雨時行*たいうときどきにふる

  龍神の髭に尻尾におほあめとおほかぜ戯れて纏はり帰順ふ
                   戯:ざ 纏:まと 帰順:まつろ







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日々の微々 240509

2024-05-09 | 歌帖
・小暑三首・

    温風至*あつかぜいたる

  或るものは波のごとくに或るものは焔そのまま南の風
                       南:みんなみ

    蓮始開*はすはじめてひらく

  ほのかなり人の音せぬあかときのみほとけの手にしら蓮ひらく


    鷹乃学習*たかすなはちわざをなす

  少年の鷹の座学の選り好み「風の語学」と「気流の美学」








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日々の微々 240501

2024-05-03 | 歌帖
・夏至三首・


    乃東枯*なつかれくさかるる

  いちはやく枯れてののちは夏枯草の花穂よろしくリタイアの利他
              夏枯草:かこさう 花穂:くわすい
          
    菖蒲華*あやめはなさく

  五月闇文目も知らぬあの恋の夜のあやめよかなしかりけり
     文目:あやめ

    半夏生*はんげしやうず

  老人にあたらしき友漢方のたとへば半夏いつまでの友
  老人:おいびと  









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日々の微々 240424

2024-04-24 | 歌帖
・芒種三首・


    螳螂生*かまきりしやうず

  ヴィーナスのやうに泡から生まれ出て果てはサロメのやうにMantis


    腐草為蛍*ふさうほたるとなる

  水草が朽ちて蛍になるのなら星は流れて雪となりなむ

  水草:みづくさ


    梅子黄*うめのみきばむ

  青梅の微量の毒をなつかしみ惜しみ羨しみ黄熟の梅
                    羨:とも






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日々の微々 240418

2024-04-18 | 歌帖

     春夏  


 くもりなき塗りのお重に容るるものなく「然らば」と光が籠もる

                        然:しか


 わがままな人用の椅子ひとつあり誰彼我が席をあらそふ
                   誰彼我:だれかれわれ


 肝試し的な夢にて脅されつ騙されつして試されてをり


 春よ春花たてまつる夏よ夏鳥たてまつる風ことごとに








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日々の微々 240416

2024-04-16 | 歌帖
・小満三首・


    蚕起食桑*かひこおきてくはをはむ

  桑を食む絹にならうがなるまいが良い音立てて食む虫我は


    紅花栄*べにばなさかふ

  紅花の緋色黄色をこきまぜて久礼乃阿井とふ染め色あはれ

                  久礼乃阿井:くれのあゐ



    麦秋至*むぎのときいたる

  ほんたうは夏なのですが麦なので秋の金色いちめんの波







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日々の微々 240407

2024-04-07 | 歌帖
  
     亡人花
  

 亡き人はただ花ぐもり花ぐもり咲いて白濁散つてだくだく


 六塵はことごとく文字花も文字亡き人も文字亡き人は花


 亡き人は夢のなかにて自在なりふたたび生きてふたたび死にき

 
 咲き咲き咲いて花の始めに白く散り散り散つて花の終りに明かし


    *六塵悉文字(『声字実相義』)
    *生れ生れ生れて生の始めに暗く(『秘蔵宝鑰』)









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日々の微々 240215

2024-02-15 | 歌帖
  240215


    如月三首
 
 如月の階段寒寒暖寒暖ときにあわゆきときにいかづち


 さみしさaiiaかなしさaaiaきさらぎiaaiささやきaaai


 理不尽な貴婦人に理の光の矢令和六年きさらぎの月









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