音信

小池純代の手帖から

雑談38

2022-04-30 | 雑談


花は葉桜。これから薫風、青嵐の季節へ。
いただいた花のお菓子もこれでおしまい。



  
               †
  なぐさめてくれたる花もおしまいになりたるゆえに雨戸をしめる
                   山崎方代 『右左口』
               †

「くれたる」「なりたる」、それから「ゆえに」に若干の
ひっかかりを覚えたければそう思える。そのひっかかりが
ブリリアンカットの切断面なのだと思いたければそうも思
える。

意味内容はともかくこんなにリズムの刻みがくっきりした
歌だったっけ。
三十一拍分の長さの五線譜にぷっくりしたオタマジャクシ
を游ばせると、こういう歌になるのだ、だぶん。






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雑談37

2022-04-23 | 雑談
あたたかくなってきた。お片づけを始める。
開かずの扉の向こうの、開かずの抽斗のなかの、
開かずの箱。

手書きの明細書とか、
手書きをコピーしたレジュメとか、
中身を呼び出すのも億劫なフロッピーディスクとか。

インターネットが普及する少し前の時代をものがたる物象。
もの言わぬ「もの」の持つ情報の凄さ。
捨てるのも保持し続けるのもはばかられる。

そういったものが多くて、開けるほどにおもしろく、
かつ、おそろしい。

  ひとの生とはなんなのでせう
 何度聞いても怖ろしすぎて
 忘れてしまふむかしのはなし

二十年ぐらい前の旧作「もんどり問答集」より。
七七を詞書にした七七七七。
どういうつもりで作ったんだろう。 

     †
 思ひ出すとは忘るるか
 思ひ出さずや忘れねば  『閑吟集』小歌85

     †

  思い出せるのはふだん忘れているからでしょ。
  忘れなければいつだってすぐそこにあるはず。
  思い出す必要などないはずだもの。

ちょっと理屈っぽいところがコケットな恋の小歌。
とは思うが、
しまい込んだものを片づけるときの小歌とも読める。
あるはずのものを捜すときにも使えるかも。

歌は読み手の現状によって色合いも意味も変化する。





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雑談36

2022-04-13 | 雑談
『玉葉和歌集』巻二196 永福門院の一首について追記。
「曙花(あけぼののはな)を」の詞書あり。

  山もとの鳥のこゑごゑ明けそめて花もむらむら色ぞ見えゆく

  山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞみえ行く

  山もとの鳥の声より 明けそめて、花も むら/\ 色ぞ見えゆく


引用元は上から順に、
塚本邦雄『清唱千首』 三島由紀夫「小説家の休暇」 折口信夫「女流短歌史」

  

「鳥のこゑごゑ」と「鳥の声より」の二通りがあるが、
底本「こゑごゑ」が諸本による改訂で「声より」になっている。

「声より」ならば明け方の時間と空間の綴目が開いていって、
光の色とともに花の姿も色も見えてゆく様子がつよく印象づけられる。
詞書「曙花を」にはこちらが添いやすいのだろう。

「こゑごゑ」ならば孟浩然の「処処聞啼鳥」っぽく、
いろんな種類の鳥の声が聞こえてきそうだ。
鳥の声が空を破ったところから花が開くようにも感じられる。
「むらむら」は「群群、叢叢、斑斑」の字が宛てられる。
どの漢字でもよいし、三種類一度にイメージするのもよいと思う。
せっかくのひらがななのだし。

先生がたの読みをお借りする。

──暁闇の、四方の景色もさだかならぬ頃から、刻一刻明るみ
 まづ山麓の小鳥の囀り、やがて仄白い桜があそこに一むら、
 ここに一むらと顕ちそめる。(塚本邦雄『清唱千首』より)

──山裾の、小鳥のかわいらしい目覚めの声から夜は明けそめ
 て、花も一群また一群と、その美しい色が見えるようになっ
 て行くよ。
  (岩佐美代子『木々の心 花の心 玉葉和歌集抄訳』より)








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雑談35

2022-04-10 | 雑談
    知られぬ海  
          ジュール・シュペルヴィエル

  誰も見ていない時
  海はもう海でなく
  誰も見ていない時の
  僕等と同じものになる。
  別な魚が住み、
  別な波が立つ。
  それは海のための海
  今僕がしているように
  夢みる人の海になる
           (堀口大學訳)

    

三島由紀夫「小説家の休暇」(七月二十九日)からの孫引き。
この詩を捜していたのではなく、次の一節を読みたくて
ページを繰っていたのだった。

 ──彼女は一つの世界の死の中に生き、その世界の死だけを信じた。
   この風景画には人物が欠けている。彼女は裸かの自然と彼女
   自身とのあいだに、何か人間的なものの翳がさすのを、妬
   んでいたように思われる。──


「七月十七日」の記述より。「彼女」というのは永福門院のこと。
「私の好きな永福門院の歌」として挙げている十三首から一首。

  山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞみえ行く

永福門院の歌は、塚本邦雄『清唱千首』で十二首、
折口信夫「女流短歌史」で十首あつかっていて、この歌は
三島、塚本、折口の全員(といっても三人)が選んでいる。

表記は『清唱千首』に準じたものの漢字は新字でルビは省略。

◆永福門院の歌で架空歌会

      【三島・塚本・折口 選】

  山もとの鳥のこゑごゑ明けそめて花もむらむら色ぞ見えゆく


      【塚本・折口 選】

  入相の声する山の陰暮れて花の木の間に月出でにけり

  木々のこころ花ちかからし昨日今日世はうす曇り春雨の降る

  月影は森の梢にかたぶきて薄雪白しありあけの庭


      【三島・塚本 選】

  ほととぎす声も高嶺の横雲に鳴きすてて行くあけぼのの空





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