音信

小池純代の手帖から

日々の微々 240203

2024-02-03 | 歌帖

  240203





  ・立夏三首・


     蛙始鳴*かはづはじめてなく

  朗々と蛙は唄ふ遠き日の御玉杓子の頃の譜面を

      蛙:かはづ



     蚯蚓出*みみずいづる

  皮肉が刺さらぬこともあるわいな匍匐輾転忸怩のミミズ
  皮肉:サタイア



     竹笋生*たけのこしやうず

  雨ののち筍出づるそのやうに屈原出でよ高きにさやげ
       筍:たかんな









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日々の微々 240116

2024-01-16 | 歌帖
  240116



  ・穀雨三首・


     葭始生*あしはじめてしやうず

  おほつちに雨が刺さつたその痕を葦は鋭く空を突き刺す


     霜止出苗*しもやんでなへいづ

  あの白い霜の布団がなつかしく愚図愚図と苗代の苗

                   愚図愚図:ぐづらぐづら



     牡丹華*ぼたんはなさく

  咲いてみて初めて分かるかんむりの無闇な重さ花の王さま









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日々の微々 240110

2024-01-11 | 歌帖
  240110



  ・清明三首・

     玄鳥至*つばめきたる

  つばくらめ春をかぞへて泣くさうなふたはるみはるよはるいつはる

     鴻雁北*がんきたへかへる

  かりがねは空の氷が好き過ぎて春を逃れて急ぎにいそぐ

     虹始見*にじはじめてあらはる

  虹といふものたちあがり去りにけりまぼろしよりもやや遅に消ゆ








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日々の微々 231226

2023-12-26 | 歌帖
  231226



  ・春分三首・

     雀始巣*すずめはじめてすくふ

  小すずめが巣屋へはこぶひとつづつ小枝の屑や春花の屑や
         巣屋:すうや       小枝:さえだ 春花:はるはな


     桜始開*さくらはじめてひらく

  いざ桜いざいざさくら哥はれよかの子のりなが西行こまち
            哥:うた

     雷乃発声*かみなりすなはちこゑをはつす

  花の色匂ひのいろの迅さかな春の夜空のいかづちのこゑ


   
  渡辺省亭「雀啣落花」部分






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日々の微々 231222

2023-12-22 | 歌帖
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  ・啓蟄三首・

     蟄虫啓戸*すごもりむしとをひらく

  ザムザ氏のおのづからなるふるまひを咎むるなかれ寧ろよろこべ

     桃始笑*ももはじめてさく

  桃の花はちさき貌ちさき唇喃語の如くうつろふゆらぎ
            貌:かんばせ 唇:くち


     菜虫化蝶*なむしてふとなる

  あれとこれむすびつかねどその間にさなぎの日々のカオスありけり
                   間:あひ












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日々の微々 231214

2023-12-14 | 歌帖
  231214



  ・雨水三首・

     土脉潤起*つちのしやううるほひおこる

  ほのぼのと明くるおほぞらみづみづとゆるぶおほつち相和して春
                               相和:あひわ


     霞始靆*かすみはじめてたなびく

  春の朝をうつとりうつそりたゆたへるあれはかすみといふ果無者
                                 果無者:はかなもの


     草木萌動*さうもくめばえいづる

  草も木も凡夫も終には仏なり草木悉皆手をたづさへて
           終:つひ   草木悉皆:さうもくしっかい











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日々の微々 231128

2023-11-28 | 歌帖
  231128



  ・立春三首・

     東風解凍*はるかぜこほりをとく

  いいことがやがて来ますと風は告ぐここでしばらく待たうとおもふ


     黄鶯睍睆*うぐひすなく

  梅の花うぐひすのこゑゆるい風なんのちからももたない同士


     魚上氷*うをこほりをいづる

  うすごほり浮き名うたかた魚の影なつかしびとの噂幾許
                             幾許:いくばく












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日々の微々 231122

2023-11-22 | 歌帖
  231122



  ・大寒三首・

     款冬華*ふきのはなさく

  うす雪の衣さむざむとフキノトウ疾く摘まれませほろにがの皇子
       衣:きぬ         疾:と           皇子:みこ



     水沢腹堅*さはみづこほりつめる

  とどろきのとどまりがたき沢の水凝れば永久と見紛ふばかり
                    凝:こご  永久:とは



     鶏始乳*にはとりはじめてとやにつく

  鳥屋へ鳥屋へかつてわたしが棄てた鳥屋それはわたしを棄て去つた鳥屋
   鳥屋:とや









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日々の微々 231119

2023-11-19 | 歌帖
  231119



  ・小寒三首・

     芹乃栄*せりすなはちさかふ

  しんそこにつめたき水の束の群れうすらひの束沢芹の束


     水泉動*しみづあたたかをふくむ

  ややややにやうやく動く水のふちあたたかなものもしやいきもの


     雉始雊*きじはじめてなく

  またえらく派手なしだり尾雄の雉子恋に啼き死ぬはじめの一羽
                 雄:を 雉子:きぎす
    


                       






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日々の微々 231107

2023-11-07 | 歌帖
  231107


二十四節気から気随気儘に名前を借りて

  *小雪*に寄す

  なつかしい家でわたしの死がねむるさめやらぬゆめふりやまぬゆき


  たちのぼるけむりゆるゆる流文字雪より小さき王国の文字
                 流文字:ながれもじ
 

  香煙は霊のたべものとふ伝のどこからほんとどこまでほんと
   香煙:かうえん      伝:でん
    


                       






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日々の微々 231104

2023-11-04 | 歌帖
  231104



  ・冬至三首・

     乃東生*なつかれくさしやうず

  夏に枯れ冬に生まるる靫草たくらみ巧きつはものの裔


     麋角解*おほしかのつのおつる

  まぼろしのおほしかの角まぼろしのゆきはらにつと刺さりうづもる


     雪下出麦*ゆきわたりてむぎいづる

  雪のはらなにを匿ふ雪のはら麦のほさきの青を匿ふ



                       






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日々の微々 231019

2023-10-19 | 歌帖
  231019


  ・大雪三首・

     閉塞成冬*そらさむくふゆとなる

  いちめんのそら張りつめて裂けにけり散りにけり降りにけり粒雪


     熊蟄穴*くまあなにこもる

  冬の夜の闇とろとろの神となり神まるまるの熊として眠る


     鱖魚群*さけのうをむらがる

  水上へなにたのしくてのぼる魚おまへもおまへも神のたべもの
   水上:みなかみ
    


                       






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日々の微々 231009

2023-10-09 | 歌帖
  231009


  ・小雪三首・

     虹蔵不見*にじかくれてみえず

  光濃く色あざらけき冬の虹つかのま見ゆる天の臓器
                         天:そら 臓器:オルガン



     朔風払葉*きたかぜこのはをはらふ

  風が来てなにも盗らずに去つてつた空の卓布のはためきは無垢


     橘始黄*たちばなはじめてきばむ

  星を捥ぐ代はりにわたしは橘を大層きつい宇宙の香りを
                         宇宙:そら




                        






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日々の微々 231004

2023-10-04 | 歌帖
  231004


  ・立冬三首・

     山茶始開*つばきはじめてひらく

  まんまるの椿のつぼみはつかなる身ぶるひひとつしてのち弛ぶ


     地始凍*ちはじめてこほる

  凍土をみしみしと踏むさくさくと歩くさみしくつよく啼く土
   凍土:いてつち



     金盞香*きんせんかうばし

  夜のいろ冬空のいろくらい部屋ひとりでしんとしてゐた水仙

 
                        






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日々の微々 230907

2023-09-07 | 歌帖
  230907


  ・霜降三首・

     霜始降*しもはじめてふる

  つゆじもよ案じ召さるなしろかねの風になりませ水になりませ


    霎時施*しぐれときどきほどこす

  つれなさの差のいささかをきそひあふ行きのしぐれと帰りのしぐれ


    楓蔦黄*もみぢつたきなり

  秋果てて木々は火のいろ老い人は消ぬがに燃ゆる火影の火色
                            火影:ほかげ 火色:ほいろ
 
                        






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