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音信
小池純代の手帖から
日毎の音 盗 210115
2021-01-15
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日記
盗
ミメシスは真似びのはじめまねびつつ偸む即ち盗みのはじまり
どなたかのお庭を目もていただきぬめづると言はめぬすむと言はめ
神々から盗んだのではありません愛されてると思つてました
やがてちる花も花盗人も友良寛は詠む鵲斎の梅
良寛のかなもじは風おほき風ちさき風つと空ぬすむ風
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日毎の音 柳 210114
2021-01-14
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日記
柳
すずかぜの流れをふふむ楊柳の手触り愛づる夏のなつかし
水浅葱渚帰りの風連れてつと立ち止まる柳夕凪
乳白の桜隠れにさも優る柳隠れの屍いくつ
中庭を「折楊柳」のやなぎかげ幾枝手折りていくつのわかれ
柳の葉落ちて魚になる川は何処のページに流れをりしか
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日毎の音 巻 210113
2021-01-13
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日記
巻
巻き尺を首からさげて仕事する手当たり次第数を与へて
巧拙は問はぬ巻き舌その舌にかなふ言語がきつとあるから
たまご料理煮ても焼いてもうまきもの寝てもさめても出汁巻玉子
一年に一度の逢ひぞ早春のひかりをふふむ伊達巻玉子
昆布巻は書物の見立てなのだとか朱塗りの箸もて繙きにけり
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日毎の音 鳴 210112
2021-01-12
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日記
鳴
うたてしやうたたごころのうたごころうつつの器うち鳴らしつつ
鳴るものはみなそれぞれのうろを持つ打たるることを待てるうたかた
音とともに羽根を落としてくれさうな夜鳴く鳥の声ぞしたしき
鳥が鳴く東の国の鳥籠にもの言はぬ鳥うら泣かぬ鳥
喉笛は人がはじめて鳴らす笛はじめて通ふこの世の空気
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日毎の音 転 210111
2021-01-11
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日記
転
転んだらころぶをまろぶと読みなほす痛くないうへ甘くすらある
棄教せし者を転びと呼ぶことの軽くて粋なはからひつぽさ
イリンクス回りに回れ視野の白転びに転べ視界のみどり
転調の不安解消されぬまま揺蕩ひにけり中二階にて
ほころびがほろびに向かふよろこびがこを棄ててよろぼひつつ続く
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日毎の音 正 210110
2021-01-10
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日記
正
今日一日正しく怖れし結果なり正の字に足す一の字を足す
ななくさののちの非常事態宣言正月よりもしづかなあした
正か誤か正か不正か正か邪か正か出なら画数互角
正すなはち静かなるかなひとところに止めてそのうへ蓋をかぶせて
正数の王と負数の王競べマイナス棒の王笏お洒落
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日毎の音 友 210109
2021-01-09
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日記
友
木に立ちて友呼ぶ鳩もその鳩を聞く西行もすごき夕暮れ
数少なき友のひとりの思はるれ石あたためて手に載せるとき
知己といふ語を知りてより友といふ語をとほざけて友をうしなふ
すずやかな流儀がときに現れてすみやかに去るごとくに知友
歌一首はたりと影を落とすかな五体投地のともがらならむ
コメント
日毎の音 縫 210108
2021-01-08
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日記
縫
黄昏の空と海とを縫ひ合はす入日のいろの波の運針
弥縫して復た弥縫して綴ぢ合はす切りつぱなしの昨日と明日
仮縫ひの仮を担ふは待ち針の花びら型の頭部のかざり
ソーイングボックスにして大切な役に立たないものの置き場所
針供養木綿豆腐に身を寄せる折れた縫ひ針錆びた待ち針
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日毎の音 蜂 210107
2021-01-07
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日記
蜂
生涯はただ一匙の蜜に尽く蜂一匹のなりはひ果てて
求むるは花粉にあらず蜂の羽根蜜よりほかの蜜を求めて
ぶんぶんの羽音をたててとほざかるはちみつ色の蜂腰 Vespa
ホバリングするかに見えてすこしづつ進む蜜蜂ならぬ密雲
花々の淡き記憶をくりたたねくたくた垂るる蜂蜜の帯
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日毎の音 夏 210106
2021-01-06
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日記
夏
冬に思ふ夏こそよけれあの世にて思ふこの世もよろしかるべし
森閑としてゐた夏の町の底白い空き箱だつた一年
夏の猫両耳立ててゐたりけり世界をうがつ抜き型ひとつ
もの言はぬくちびるに雪ふりつもり夏のマスクとなりにけるかも
遠国の遠きむかしの王朝の「夏」の世短く迅きいかづち
夏:カ
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日毎の音 集 210105
2021-01-05
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日記
集
収集を待つ袋たちひそひそと浮かず飛ばずのスピーチバルーン
集くとは巣抱くの義とか窓ひとつひとつを抱いて集合住宅
全集が全巻揃ひ背を向けたとりつくしまがなくなつてしまふ
ムクドリのむらがりざまを見てをれば木に隹の会意まさしく
隹:ふるとり
差し伸べて抱き寄せときに拒絶する腕そつくりの集合記号
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日毎の音 棄 210104
2021-01-04
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日記
棄
古き古き写真かさかさ瘡蓋のやうにはがして棄てるわけには
棄てるのはどうなんだらう忘れてもいいものだけど忘れてないし
忘恩も倦厭もまたありがたし発止発止ともの棄つるとき
無分別に棄ててよかつたあの時代あれはほんとに夢の島だつた
みもふたもなくこのうへもなく自由 棄て去る者も棄てらるるものも
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日毎の音 末 210103
2021-01-03
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日記
末
語りえぬものを語るや太郎冠者「末広かり」の唐傘さして
下京の白衣黒衣や末富の麩焼き煎餅「白酔墨客」
もとあつてこその末とは言はるどはるかむかしにもとは散けて
散:あら
劫末の時代の裾にもぐりこみ時間の端を顔まであげる
末端の先にはなにもなきことを十指垂らして思ふなりけり
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日毎の音 割 210102
2021-01-02
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日記
割
うすら氷をぱりんと割つたその奥がつめたく澄んだ水ならよいが
まづ二個に割つてそれから引き裂いて血はこぼさずに麺麭を分かちぬ
古今から源氏に跳んで新古今ぴりぴり割れて歌は貫入
珈琲を緑茶で割つて東洋の際のにじみを思ふなりけり
際:きは
一年は一ダースの月ひとつづつ取り出して割るたまごのごとく
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日毎の音 源 210101
2021-01-01
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日記
源
みなもとをたどり滾ちに出会ふかな昨夏読みにし白秋「水上」
水上:みなかみ
そぎおちてゆくものはゆけ源へさかのぼるだけさかのぼらしめ
引き歌を摘みつつあはれむらさきの源語の悲歌に触れつつあはれ
夜のそらにみなもとの水あふれゐつ星ゆこぼるるきんいろのみづ
みなもとを知らず朝露しづくしてしたたりざまにみなもとへ去る
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