浅倉沙織は、郷土史同好会の夏季合宿中に亡くなった。
合宿で、寂れた漁村に残る史実を探ろうというのは名目で、美しく静かな砂浜の海で仲間と遊ぶのが目的だった。
学生達は、小さな民宿を借り切って、青春を満喫していた。
そこに降って湧いた様な悲劇が起きた。
夜の海に出かけた沙織は、翌朝溺死体で発見されたのだ。
外傷もない綺麗な遺体で、海流の急な冷たさが起こしたショック死と診断された。
無邪気で明るい彼女を恨む人間は、関係者の中でいないし、他に怪しい人を海辺で見かけた情報もない。
そして、毎日楽しげに水遊びする彼女が自殺する理由もないと思える。
死体が花模様の水着を着ていた事から、夜の海を泳ごうとして事故に遭ったという結論になった。
しかし、隆は心の中で事故なんかじゃないと思った。
沙織はあんな事故に遭う程、無謀に泳ぐ人じゃないと信じていた。
ただ、証拠がなかった。
あの夜は凄い様な月が出た。
隆は寝付かれぬまま、廊下の窓から輝く月を眺めていた。
宿の柱時計が10時を打った。
その時、彼は人影を見た。
肩を並べて歩く、麻世と省吾だった。
お盛んな事だと思う。
隆は恋焦がれる相手の沙織が、ハンサムな省吾に惹かれてるのを知っている。
省吾をちくしょうと心で罵るだけで、下手に止めて沙織に嫌われたらどうしようと思った。
どうやら省吾は可憐な沙織に優しくする一方、成熟した魅力を持つ麻世とも交際しているらしい。
許せない奴だと隆は唇を噛む。
と、隆の目にまた人の影が映った。あれは沙織じゃないか。
隆が、眠れない夜を重ねるのも、大学院進学の勉強に身が入らないのも、皆彼女に恋している為だ。
彼女と一緒になるためなら、社会人の道を選ぼうかと迄思い詰めていた。
彼女は省吾と麻世の寄り添う姿を見ればきっと目が覚めるに違いない。
そして、自分に目を向けてくれるだろう。
隆の胸に淡い期待が生まれた。
その晩は、そこで自室に戻った。
翌朝、沙織に会える事を楽しみにして。
しかし、その期待は報われなかった。
もう永遠に恋しい人は、生きて現れないのである。
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