赤々と夕陽が秋空を染める放課後、俺と藍沢はは駅前の中華料理屋にいた。
すごい勢いでラーメンランチ、餃子、コーラを平らげた藍沢はふと哀しげな目をした。
この男も憂いに沈む事があるのか?よく見ると意外と幼い顔だなあ。
「おい、何をそうじろじろ人の顔を眺めてるんだよう。きみ悪いよ」
「ごめん。やけに哀しげな顔してるからさ」
「小遣いがこれで切れるんだよ。当分来れないと思うと侘しいからね」
瞬間嘘だと思う。
最近夕方の食堂の皿洗いのバイトで稼いだと聞いてる。
そんな簡単に消えるもんじゃない。
つまり「当分二人で飯食うのやめよう」と言う意味の言葉だと容易に推測出来る。
藍沢の周辺に何が起きたか知る由も無いが、馬鹿話ばかりしてるこの男、実は肝心な話は絶対口を開かない大人の男なのかもしれない。

幾日か過ぎて、体育の授業の時間、担当教師がやむを得ない急用で不在の時、広い体育館の中で俺たちは各々勝手な事をしていた。
と、「おいっ、藍沢止めろよ!」
ピリピリし甲高い声が響いた。
ギョッとして見ると、小柄な篠崎が藍沢を指差して睨んでる。
藍沢は口の端でタバコを咥えてニヤニヤ笑ってる。
「僕は君の為に言ってるんだ。見つかって退学になったらどうするのか?」
篠崎の声は体育館中にエコーとなって響いた。
「二人とも喧嘩止めろよ」
出来るだけ低い声を出した俺はツカツカと寄って藍沢の肩を掴んだ。
「今は一応体操の時間だ。喧嘩は後でやれ」
篠崎が悔しげに俺を睨んだ。
と、藍沢はタバコの火を足でもみ消して一言、
「お節介焼き」と吐き捨てると俯いて体育館を出て行った。
篠崎が慌ててタバコの吸い殻を拾って水をかけてゴミ箱に捨てる。
他の生徒は素知らぬ顔でめいめい勝手な運動をしていた。
その頃、ちょっと不良を気取ってタバコや酒に手を出す奴は何人かいたし、飛び切り真面目で道徳の教科書通りに生きる生徒も何人かいた。とりたてて騒ぐ事でないのかも知れない。
一方、校内にほぼ同数いる女生徒は、男子より大人のようで、軽蔑の表情を浮かべるだけだった。何が正しくて何が間違ってるかなど議論しない。確固たる主義など持たない女子が多かった。
1960年代の女性の殆どは大学進学せずに何年か就職してから結婚して、専業主婦の道を辿る。給与も待遇も圧倒的に低い職場よりも家庭人となるのが世間の常識だった。
夫次第で女性の運命が決まるのを、皆当たり前に考えていた。
筆者注:
これは昭和38(1963)年のお話です。今から61年前の日本社会は信じられない程人の好みも意識も違っております。違和感を感じる若者は多いでしょうが、こんな時代を経て爺さん婆さんは大人になっていったのです。
今の日本はまるで清潔で美しく豊かな環境に変化しましたが、ここ数年間で疫病の世界的流行、環境悪化や気候激変、不景気による貧困、などなど不安でいっぱいです。
時代は常に移り変わってます。
ただ、人間心理はあまり変わってないと婆は思います。
そう言う意味で青春期の悩みとモロに向き合う主人公を見てやってくださいませ。
閑話休題、
それから時を経ずして俺にとって非常にショックな事件が起きた。
藍沢が自主退学したのだ。
何でも親父さんの勤めてた工場が時代の波に乗れず倒産して、不和だった両親が離婚、一家離散となったそうだ。
そのゴタゴタの最中に藍沢が出奔したと言う。
大した持ち物も無い筈で、学校から帰宅した藍沢は普段着でふらっと外出してそのまま姿を消したとか。
このニュースがセンセーショナルに色をつけて校内を流れた時、俺の頭の中は空白になった。