私がいつもお手伝いに行っている心臓病児保育グループK園が、今年開園30周年を迎えます^^
昭和48年に横浜で、心臓病児が公立保育園や私立幼稚園の入園を拒否され、それがきっかけで当時の同じ思いをした親達が立ち上げた自主保育。
その頃は『心臓病=突然死』みたいに思われ、様々な差別と偏見の中、きっとつらい思いをたくさんされたのでしょう・・・。
初めはその子供の家での日曜保育だったようです。
自主保育を創めるとなっても、場所や保育者(人材)の確保や何よりもお金の問題等もあったでしょう。
その後障害者支援センターからも援助金が得られるようになって、K園としてのスタートを切ったわけです。
この30年間にK園を卒園した子どもの総のべ人数は、ナント272人
歴史の長さを感じさせられます
さて、今年はその開園30周年を祝して、記念式典のイベントを予定していて、私はその準備委員のひとりとなっています
そんな訳で今日は、式典の時に掲げる
パネル(クリックしてね!)を作ってみました
パソコンを使って文字を起こし、プリントしてそれを拡大コピーしたので、一文字A3の大きさになっています。
それを厚みのある工作用シートにのせて切って、貼ってみました^^
まぁまぁの出来かな
まだ他にも準備することが色々あるのですが、式典まであと1ヶ月ほど・・・。
頑張りたいと思います
昭和48年に横浜で、心臓病児が公立保育園や私立幼稚園の入園を拒否され、それがきっかけで当時の同じ思いをした親達が立ち上げた自主保育。
その頃は『心臓病=突然死』みたいに思われ、様々な差別と偏見の中、きっとつらい思いをたくさんされたのでしょう・・・。
初めはその子供の家での日曜保育だったようです。
自主保育を創めるとなっても、場所や保育者(人材)の確保や何よりもお金の問題等もあったでしょう。
その後障害者支援センターからも援助金が得られるようになって、K園としてのスタートを切ったわけです。
この30年間にK園を卒園した子どもの総のべ人数は、ナント272人
歴史の長さを感じさせられます
さて、今年はその開園30周年を祝して、記念式典のイベントを予定していて、私はその準備委員のひとりとなっています
そんな訳で今日は、式典の時に掲げる
パネル(クリックしてね!)を作ってみました
パソコンを使って文字を起こし、プリントしてそれを拡大コピーしたので、一文字A3の大きさになっています。
それを厚みのある工作用シートにのせて切って、貼ってみました^^
まぁまぁの出来かな
まだ他にも準備することが色々あるのですが、式典まであと1ヶ月ほど・・・。
頑張りたいと思います