ニホンオオカミが登場する伝説をもうひとつご紹介します。
「日本書紀 巻第19 欽明天皇」にある二匹の狼のお話です。
欽明天皇とは、用明天皇の父であり、聖徳太子の祖父にあたります。
神道の物部氏vs仏教の蘇我氏のニ極体勢が出来始める500年代初めの天皇です。(聖徳太子の出自については、炭焼き小五郎の話の中にも伝わります。)
それでは、ニホンオオカミの出てくるお話をどうぞ。
秦大津父(はだのおおつち)という人物が伊勢に商に行った帰り、山で二匹のオオカミが血まみれになって争っているのを見かけます。
大津父はこのオオカミを「貴き神」であると直観し、そのオオカミに
「あなた方は貴き神で、荒業を好まれる。しかし、もし血にまみれたのあなた方を猟師がみつければ、たちまち捕えてしまうだろう」
と告げ、二匹に争うことをやめさせ、体についた血を洗い流し、二匹共の命を助けます。
欽明天皇が幼少とき、夢をご覧になりました。その夢である人が、
「天皇が秦大津父という者を寵愛なされば、成人されて必ず天下をお治めになるでしょう」
と申し上げました。
目覚めた天皇が、広く天下に使者を遣わし探させたところ、山背国の紀伊郡の深草里(京都府 伏見区深草)に見つけることができました。
姓名は確かに夢でご覧になったとおりでした。そこで喜びがお身体に満ち、まったく珍しい夢であったと感嘆なさいました。
天皇は秦大津父に告げ、
「何か思いあたることはないか」
と仰せられました。
大津父は答えて、
「特に変わったことはございません。 ただ、私が伊勢で商売をして帰る時、山の中で二匹の狼が噛み合い、血塗れになってるところに遭遇いたしました。私はすぐに馬から下り、口をすすぎ、手を洗い、祈請して『あなたは貴い神で、荒々しい行いを好まれます。もし猟師に会えば、たちまち捕獲されるでしょう』と申しました。そして嚙み合うのをやめさせ、血で汚れた毛を拭い洗ってやり、共に命を助けてやりました」
と申し上げました。
天皇は
「きっとそれが 報われたのだのだろう」
と仰せられました。そして、大津父を近くに仕えさせ、優遇なさいました。こうして大津父は富を重ね、天皇が即位された後には大蔵の司に任じられました。
以上
秦氏は、奈良時代では「はだ」氏と発音されていたようです。渡来系の秦氏が、天皇の側で活躍したことがこの寓話から伺えます。
また、この時代は
系図では
第26第継体天皇→第27第安閑天皇→第28第宣化天皇の後、第29第欽明天皇となっていますが、
継体天皇崩御後、
大伴氏が安閑・宣化朝を擁立し、
欽明朝は蘇我氏が擁立し並立していた、或いは別王朝であったという説があるようです。
争う二匹の狼の寓話は
王位を巡って争う二政権を抽象化したものであり、
秦大津父が二匹の狼を助けた話は、安閑・宣化朝と欽明朝の対立、そして、欽明天皇(聖徳太子の祖父)による両朝統一を寓話化したものであるとする説があるようです。
争いをしていたら漁夫の利になってしまいますよ、とさりげなく囁いたのでしょうか。
渡来系とも言われる秦氏ですが、争いに破れ一族皆殺しになる他国の実情なども知っていたのかもですね。
争いの愚かさを伝え知り、智慧をもつ側近として、新天地、神国、日本で生き延びた一族なのかもしれないなぁと、空想ではありますが感じました。