大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

伏羲、網を作る

2022-07-31 05:42:00 | 神仏について

昨日の続きです。


中国の神様、伏羲は易の八卦を作ったり、





結縄の政から文字を作ったりしました。





結縄


また、それらに加え、蜘蛛の巣に倣って網(鳥網・魚網)を発明し、また魚釣りを教えたとされているようです。


結縄と網って繋がりがありますね。




物が無い時代に生きるために必要なものを生み出す創造力は凄いです。


沢山の縄の結びが網。蜘蛛の巣からヒントを得た、、先日、妹のブログの耳の神様の祠にできた見事な蜘蛛の巣をみて、芸術のように感じました。






蜘蛛は、蜘蛛の巣をつくり、巣から獲物をとらえます。網の目も魚や鳥や獣を捕らえます。はじめは一本の縄や竹から、それを依り、結ぶことで物を捕らえます。


一本のシンプルな線状のものが、網になり、籠になり、ものを捕らえる。


生きるために便利なものを生み出した伏羲は創造の神様ですね。


今は、便利なもので身の回りは溢れています。複雑な世の中です。細くなればなるほど、細かいものを捕える事ができますが、、。


自分の生命の繋がりはご先祖さまから受け継いだDNAの複雑な絡まりによっているし、出会いも見えない糸の絡まりや結びのようにも思います。

結んだり解いたり、絡まったり、とらわれたり、開放したりするのかもと思いました。


シンプルイズベスト。


絡まりすぎたら、

最初は一本の縄や、糸から、、

最初は一から始まる

そんなふうに考え、


複雑な思考をしていたりするとき、

あれもこれも、

まだ来ぬ未来も考えたりするとき、


イケナイイケナイと、、


自分で自分自身に蜘蛛の巣を作っているのかもと黄色信号をだして思い直します。

さらに網目を細かく細かくしてしまい、抜けられなくしているのは、実は

自分だったのかもです。


そんな時こそ、


文字も最初は、結縄からヒントを得たもので、縄を結ぶか結ばないかの二元論だけだったし、、


網も一本の縄と縄を結びながらつくるし、、と考え、


また、お釈迦様の、天上天下にただ一人の、誰とも代わることのできない人間として、しかも何一つ加える必要もなく、このいのちのままに尊い、シンプルイズベストのような、、天上天下唯我独尊を思い、


文字で溢れる時代、物事の善悪も人の見方により生まれただけだし、

何が良いかはわからないし、


色んな事が押し寄せる今を生きながら、

自分の中に絡まってくる思考を外し、

来ぬ先も済んだ過去も頭の中でぐるぐる

せずに、

素にかえり、また、

基本にたちかえりたいなぁと思いました。




文字ができるまで 結縄

2022-07-30 05:48:00 | 神仏について

昨日の続きです。


伏羲は文字がなかった時代、紀元前3300年頃古代中国において伝説上の皇帝として生きたと言われており、中国神話の時代に生きて、易経の礎とも言える八卦を生み出しました。



伏羲は古代中華の人民を幸せにするためな、常に考えることはであり、思考が善なので行動も善で、その行動は、絶えず、安寧と安らぎ、幸せを考えての行動だったといいます。



文字もない時代の、口上で伝えられる時代に生きていますから、人物像自体にも、様々な尾びれ背びれがついて古代中国の書物に多くの物語として伝えられ、各部族の伝承としても残っているようです。



ウィキペディアによると、伏羲は八卦だけでなく、結縄の政に代えて書契(文字)をつくったともされています。



結縄って何?と思ったので調べてみました。


中国で文字のない時代は、紙も無い時代。政治上の大事には大縄を結び、小事には小縄を結んで記録したようで、それを「結縄の政」というみたいです。



しかも、中国だけでなく、結縄は、インカ帝国や北米インディアン、台湾のアミ族やプユマ族も文字の変わりにもちいていたようです。


インカ帝国の結縄は、キープQuipu)とよばれ、「結ぶ」あるいは「結び目」を意味し、行政の様々なことを紐を結ぶことにより記録していたそうです。(英語のKeep保つはそこからきているのかな?解りませんが。)






キープの紐には羊毛が用いられ、色、結び目の距離、数、大きさ、形あるいはねじれ方などによって膨大な情報を記録することができたみたいです。



北米インディアンの間でも結縄はしばしば見られ、様々な部族が結縄に類する文化を持っていたようです。



部族の歴史、部族間の条約や協定に相当する取り決めや領土の境界、さらには個人の特徴をも記録するのに用いられたみたいですね。




台湾の原住民アミ族は文字・数の表現の代用として結縄を多く使用し、かなり近年まで(地域によっては昭和初期まで)まで結縄が用いられていたようです。また、祭礼や作業負担の記録のために結縄が用いられていました。






台湾の、別のプユマ族は、男女の情愛のほどを確かめるのに結縄が用いられ、その結び目の位置や結び方の一致・不一致によって互いの愛情を確認しあったともありました。






口伝は、言った言わないがあったり、恋愛なんかの思いも形にして確認しようと文字の無い時代の涙ぐましい努力を感じます。



縄で結んで残していたものを、文字に変化させたのが、伏羲。

中国の文字、漢字の原型?だとすると、私たち日本人も恩恵に預かっています。


文字が溢れている時代に生きて、文字の作成される前の時代を想像することも無かったですが、


記して残す必要性を、縄を結ぶことにより、様々な地方で人間が同じように使っていたのは興味深いです。


結縄は、糸や、縄を「結ぶ」ことで、そこに意味合いを持たせたわけで、最初は結ぶか結ばないかの二元論で、シンプルです。



文字を持たない時代のことは、記録がないので知る由はありませんが、当時を生きた人でさえ、文字が無い場合は、色んな手段で何とか残した方がよいと考えたのですね。


言葉は発声されたら、瞬時に消えます。


人の脳の記憶は曖昧で言った言わないが、喧嘩の種にもなります。何かしらの利害関係がある場合は文字や証明が必要で、文字が無い時代に「結び」が、政の記録として使われたことは、まずは善悪の二元論をはっきりさせる意味合いもあったのでしょうか。


結ばれたものは縁として、良いことも悪いことも、残す意味合いを感じます。


文字も一本の線がまるまったり、まじわったりしながら様々な形をとり言葉を残します。


文字によって示された様々なものを読むことが私達はできますが、想像もできない文字が無い時代に、書契(文字)を作り、それを浸透させた、伏羲。結んで残る文字、漢字の大元を作ったわけですから、凄い創造の神様だなぁと思いました。









【画像はお借りしました】




2022-07-29 07:20:00 | 神仏について

昨日の続きです。


中国の神様、伏羲は天地の理を理解して、易経の八卦を画いたといわれています。





当たるも当たらぬも八卦の八卦です。「卜」(ぼく)、つまり、亀の甲羅や牛や鹿の肩甲骨に入ったヒビの形から占ったりするものです。




また、占筮 (せんぜいという元は植物の茎を使い、50本の細い棒占ったりもするみたいですね。







易の中心思想は、陰陽二つの元素の対立と統合により、森羅万象の変化法則を説いているらしく、詳しくありませんが、ウィキペディアに紹介されていました。


この「易」の作成に関わったのが、伏羲であり、文王(周公)・孔子を加え「三聖」というようです。


何千年も易は伝えられていることから真理であり、物凄く奥が深いみたいですね。



運気というものが生きているとあります。それを体型づけて説明しているのでしょうか。


運気ですが、

自分の力を加えなければ、

上り続けることも下り続けることもないのかもしれません。自然に任せると、自然が破壊後は修復して元にもどるように。


しかし、下っている時は、なんとかもがきます。底なし沼には落ちたく無いし、、底がどこかも解らないですから。


しかし、辛い時に、自分に、

運気が落ち気味だなぁ、

今、結構、底かなぁ、、

よし、いっぱい味わったらあとは抜けるだけだ!

と自分で自分を励まして生けたらいいなと思います。


りきんだり、もがいたりすると、

ドツボにはまってさぁ大変。

さらに底の穴を掘ってしまいそう。できる努力はしつつ、耐える時ってありますしね。


反対に、運気が上向きの時は調子に乗ったり、驕り高ぶる危険性があります。

喜びを味わったら、

後は徐々に下るのかもな、、

そう気を引き締めて考えて、

頂点にいる時こそ、浮かれた心を注意しなければなとも思います。

勝って兜の緒を締めよとは良く言ったものですね。








私は易は殆どわらかないけれど、

様々なパターンの説明をみると、

自然の森羅万象にそっていて、

易って深いなぁと思います。


そんな易を作った伏羲って凄いなぁとも思います。


自然は無為ゆえに永遠の命が与えられている、さまざまなパターンを陰陽あわせもって繰り返して循環している。


それを俯瞰する目が伏羲にはあったのでしょうね。





【画像はお借りしました】





右回りと左回り

2022-07-28 07:03:00 | 神仏について

日本の国産み神話の神には、イザナギノミコトとイザナミノミコトの男女神がいます。







中国の国産み神話の神には、伏羲と女禍の男女神がいます。


伏羲は天地の理を理解して、易経の八卦を画き、結縄の政に代えて書契(文字)をつくり、蜘蛛の巣に倣って網(鳥網・魚網)を発明し、また魚釣りを教えたとされているようです。


女禍は古代中国神話で人類を創造したとされていて、





(しょうこう)という楽器の発明者であり、男女を結婚させ子孫繁栄したことから婚姻の女神、音楽の女神ともされています。








こちらの二柱の神様は蛇身人首の姿で描かれることがあるようです。







この絵をみてみると、日本の国産みの際の姿とイメージが重なりました。


イザナミノミコトに、イザナギノミコトは、


「では、私とあなたはこの天の御柱(あめのみはしら)を回って出会い、男女の交わりをいたしましょう。

私は、右から回るので、あなたは、左から回ってみてください。」


と柱をクルクル御柱を回ります。


しかし、イザナギノミコトが右回りすると不完全な神ヒルコ神が生まれたので、やり直して、左周りに回ると日本が生まれました。


とあります。


右回り、左回り、蛇の絡まりのような、なんだか、ウネウネクルクル掻き回すのが日本だけでなく国産みには必要なのかもですね。



時計の右回りには、前に進んだり、

蛇口の右回りには、水を出したり、

ネジの右回りには、打ち込む、閉めるイメージがあります。


一方、左回りには、元に戻す、流れを止める、緩めるイメージがあります。


国産みには、まずは、左回りからなんですね。


地球自身が回転する自転も、地球が太陽の周りを回転する公転左回りです。


きっと神話の左回りには深い意味があるんでしょうね。


風水では、左回り自然界のエネルギーを吸収して、逆に右回りはエネルギーを放出するといわれているみたいです。


自然回帰は左回りということでしょうか。

そして、左回りは、生み出すエネルギーには欠かせないといえそうです。


右と左のバランス、財布のひも、ウエストのベルト、色んなものを緩めたり締めたりしてますね。。。




最近私も左回り中!?

ウエスト緩めてばかり😅。












自然回帰中。。。!?😚



【画像はお借りしました】



母かと思った⁉️

2022-07-27 18:34:00 | ひとりごと
これ、

ネットにあがっていたのですが、
母の筆跡に似ていて


しかも、

母がいいそうなことばかりが
紹介されていて、


もしや、お母さん投稿した?と


思ってしまいました😂


実家の母は、色んな場所に
手書きで、良い言葉を書いて
ペタペタ貼ります。

トイレに入ったら、
トイレに良い言葉。


トイレの神様とお多福 - お山にお宮がたちました

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トイレの神様は金勝要神様。女性の美しい神様。という事をついこの間知りました。教えてくださってありがとうございます。その話は姉のブログで詳しく説明していますので是...

goo blog

 


キッチンのシンクの側にも
良い言葉。

鏡台の部屋にも良い言葉。

神棚の部屋にも。

確か、お仏壇の部屋にも。

使っている部屋はほとんど。

良い言葉がけは良いよと
聞きますが、
言葉だけでなく、
良い言葉を書いた文字を至る所に。



(暫く実家に帰省していないので
違うかもだけど、)

色んな所にペタペタペタペタ。

それを見るたびに
言葉って凄いなぁと
思います。


お母さんに染み込んでいる気もします。