正月を迎えて静かに酒を飲んでいると、幸若舞「敦盛」の有名な一節である「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」がふと頭に浮かんできた。人間界の50年なんぞ天界のたった一日であり、それからすると人生は一夜の短い夢や幻のようなものだ、という大意である。確かに儚いのだが、私にとってはたった一度の大事な人生であり、でき得れば最期の瞬間まで意義あるものにしたいものだ。そこで、昨年初めて体験したものについて、つらつらと思いを巡らせてみた。それがアユタヤでの象乗りと、チャオプラヤー川を渡し船で渡ったバーンカチャオでの染め物である。
記憶を辿ると、子供の頃、隣り町にある小さな動物園兼遊園地にインドゾウが飼われていたことを覚えている。国鉄に一駅乗らねばならなかったので、当時象を見るのは、我が家にとって一日がかりの行楽であった。それでも象は物語や童謡、テレビにも出てくるので、アフリカゾウは耳も牙も大きいこと、インドゾウは穏やかで人間の役に立つことは、子供ながらに知っていた。さらには、戦争の犠牲になった上野動物園の花子の物語には、涙を流したことも覚えている。
しかし、鼻を突きだされておねだりをされたことはあるが、象に乗ったことは今まで一度もなかった。これまでに乗ったことがある最大の動物と言えば馬でしかないのだが、それでも鞍上は思いの外高く、そこから眺める風景はとても新鮮であった。根っからの無精者ゆえ、バンコクに居ても腰が重かったが、妹夫婦のアユタヤ観光に付き合うことになり、象に乗るチャンスが突然転がり込んで来た。申し込んだパンダバスの半日ツアーには、10分間の象乗り体験が含まれていたのである。調べてみると、アユタヤには象乗りが体験できる施設として、エレファントキャンプとエレファントビレッジの二つがあるようだ。10分だから、ちょっとその辺を一回りしてくるだけだが、それでも子供の頃を思い出して、遠足気分で当日を迎えた。
アユタヤ遺跡に到着すると、すでに何頭かの象が、お客さんを乗せて道路を歩いており、気分が高揚する。近くまで寄ると、見上げるほどに高い。いったいどうやって乗るのだろうか?はしごをかけて乗るのかと予想したが、そうではなく、象の背中と同じ高さのボーディングブリッジの階段を上がり、横付けした象の座席に水平移動する仕組みであった。馬は基本背中に跨る一人乗りだが、象は背中を挟んで左右に一人ずつ乗る二人乗り。加えて、象使いが頭に座るので、都合人間3人と座席を載せて歩くことになる。やはり、やさしくて力持ちである。耳がハンドルの役目を担っていて、象使いが左右の耳を蹴って進む方向を指示する。我々乗客の目の位置は、地上3mを越えるのではないだろうか。足裏から伝わるごつごつした背中の感触と、座席の揺れが新鮮だった。
ところで、ツアーガイドによると、一人200バーツ追加すれば、騎乗時間が10分増えて20分になり、さらに象が川の中に入って歩くとのことだ。この話から単純計算すると、象の時給は2,400バーツ(約11,000円)となる。まあ、60分間フル稼働する訳ではないし、食費やら諸経費やらもあるから、あくまでも目安だが、象さんは思いの外高給取りであった。
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