メメとのお別れは、息子を含めた家族全員のコンセスサスを得るに至りました。
このまま私が無理に持っていても、大きな故障が起きてしまったら、直すお金がない。
壊れた状態で車屋さんに渡しても、それを修理するコストを上乗せすると、中古で市場に出せる金額を超える。
そうなると、ドナドナの末、廃車になってしまった「ロロ」と同じ運命をたどることになります。
でも、まだメメが元気な今のうちに手放せば…
こんなマニアックな車をいまさら買う人は、旧車への情熱や理解があることは確かでしょうし…
トラブルもある程度覚悟していて、そうなったときに修理の代金を出せる経済力がある人でしょうから…
結果的に、メメに「長生き」してもらえることになるでしょう。
息子も、まったく同じ意見。LINEでこんなメッセージを送って来ました。
「正直なところ生まれた時から一緒にいる車なので、離れるのはすごくつらいところではある」
「でも、事故なり故障なりで走れなくなった姿を見送るよりは、まだ走れる元気な姿を見送りたいです」
「たまにそういう夢を見て、すごく悲しい気持ちになるんだよね」と。
メメの夢をときどき見るなんて、息子にも、思った以上にメメへの愛があったんですね。
息子は科学者の「カリメロ」ですけど…
(頭に卵の殻を乗っけたまま走り回っているひよこだから)
車を擬人化して見ているし、かなり情に流されるタイプだし…
オカルト話に弱いし(笑)、カトリックの教会には批判的だけれど、ベッドにロザリオをかけて寝ているし。
唯物論者の、冷徹な科学の徒ではないですね。やっぱり私たち夫婦が育てた子です。
お別れには、できれば彼もいっしょに連れて行きたいです。
その息子、夏休み前の定期試験が終わって、煩わしいことから解放されたようです。
師事している教授と、いま一緒に進めている研究開発が、一段落したら帰省するみたいです。
この仕事がものすごくうまく行ったら、かなめになる化合物のひとつの、パテントを持っているので…
彼にも相当な額のお金が入ってくることになります。まだ学部生なのに。
もっとも彼は「雷に撃たれて死んじゃうぐらいの確率だから、期待しちゃダメ」と言って笑っていますが。
医薬品の開発というのは、それぐらいにトライ&エラーが多いもので…
お薬の研究開発者というのは、一種の「山師」みたいなものなんですね。
運よく完成までたどり着いても、その後治験(まあ、人体実験です)で引っかかって…
使える薬にはならないことの方が、商品になって売れる薬より、むしろ多いんだそうです。
塩野義が開発している新型コロナの飲み薬も、このままだとそのパターンになってしまいそうな雲行きです。
そうやって出る膨大な量のエラー、つまり無駄になった開発費用は、商品化できた薬に転嫁するしかない。
そうでないと、すべての製薬会社は倒産してしまう。
だから、新薬というのは、薬価が高額になってしまうんだそうです。
新薬を開発する技術力や、人員、資本力などが足りない製薬会社は…
仕方なく、他の病気の治療に使っている既存薬が、新しい病気にも効かないかどうかの実験をするしかない。
主に家畜の寄生虫病の治療に使われていた、イベルメクチンを新型コロナに、というのもそれでしたし…
インフルエンザ薬で、副作用が重いために普及しなかったアビガンをコロナに、という話があったのもそう。
どちらのケースも、うちの息子は「たぶん使えない。いや使わない方がいい」と否定的でしたが…
塩野義の新薬に関しては…
「治験の結果が渋いし、商品化できても世界市場ではもう売れないから、赤字になるね」と言いながら…
「他の日本の製薬会社が諦めたり、商業的なリスクを恐れたりして、ぜんぶ撤退してしまった中で…」
「一社だけ敢えて挑戦した、開発力と勇気は、讃えられて良いと思う」と。
それでも彼自身は、日本のメーカーや大学より、開発力も資金力もずっと上回っている…
米、英、スイスのメガファーマ(巨大製薬企業体)や…
それに準ずる規模の北米や欧州の製薬会社、もしくはそれらと提携する製薬ベンチャー企業に入って…
最先端の創薬研究をやりたい考えのようです。
そうなったら、少なくとも親が生きているうちは日本に帰らず、外国に定住することになるので…
とてもとても寂しいのですが、彼の夢をかなえるためなら、仕方ないです。
親馬鹿ですが、夢をかなえるための才能は、彼には十分あると思います。
あとは経済力と、努力と、運ですが…
お金は、大学院の修士課程までは、なんとか学費を取り分けてあるし…
その先は海外の大学院で、彼なら自分の生活費を賄う……以上のお金を給付されながら研究できるでしょう。
努力については、創薬科学に関わる努力は、息子にとってはむしろ喜びでしかないようなので、問題ない。
残るは「運」ですが、息子は幼児の頃から、私と違ってやたらと「引き」が良い子で…
薬学の道に入ってからも、ビギナーズラックもあるでしょうが、思わぬ幸運に次々と導かれているので…
たぶん、研究者としての「運」を、人一倍持っているのではないかと、勝手に思っています。
ただ、問題がひとつだけ。
それは、世界情勢が混とんとして来たことです。
というか、欧州と東アジアで、軍事的な緊張が極度に高まっていること。
これは、重大な障害です。
戦争に巻き込まれてしまったら、何もかも台無しになります。
もっとも彼が、研究も出来なくなるような規模の戦争が、欧州か東アジアの…
どちらか、または両方で起きたら…
あっという間に、すべての「西側諸国」と、すべての「新興国」が巻き込まれるでしょう。
息子個人の問題ではなく、よほどの「文明上の僻地」を除く、世界全体が渦中に陥って…
暮らしと経済をはじめとする、そこに住む人たちの、すべての営みが台無しになります。確実に。
美味しい食事も、家族の団らんも、エンタメやスポーツを楽しむのも、旅行や娯楽、ギャンブルなども…
ペットと過ごす時間も、自然との触れ合いも……生活の、人生の、何もかもが失われ、滅茶苦茶になります。
そんなことあり得ない、と思いますか?
私も、今年の年頭ぐらいまで、正直言うとそう思っていました。
大国同士の角突き合いがあったとしても、まあ、筋書きがあるプロレスみたいなものだろうと。
しかし、ウクライナであんなことが起きて。
さらにここへ来て、米国のペロシ下院議長の訪台をきっかけに、急に「台湾有事」の緊張が高まっています。
中国側はペロシ氏に「無事に国に帰れると思うな」「搭乗機を撃墜する」と言うのに近い脅しをかけて…
中国軍は台湾を包囲して、過去になかったほど挑発的な軍事演習を繰り返し…
それを受けて、米国海軍の空母打撃群が、今やフィリピン海へと北上しています。
このまま行くと、あの「キューバ危機」のときのような、いやそれ以上に危険な軍事的緊張になる。
ウクライナの戦争より深刻です。
なにしろ、台湾は世界の半導体需要の60%以上を生産し、輸出している国です。
半導体は、ほぼすべての電気製品、スマホやPC等のIT機器、ガス機器、自動車などの機械に入っているほか…
水道、電気、交通など全てのインフラをコントロールするシステムに使われている、不可欠の部品です。
現代においては、一種の、社会が存立するために絶対不可欠な「資源」と言って良いでしょう。
戦争が「資源」を巡って起きるのは、いちばんよくあるパターンです。
そして、世界の半導体需要の6割を握る島が、海上を封鎖されたり、制空権を握られたり…
果ては戦闘状態に入ったりしたら、どんなことになるか。
たとえ、米中の直接対決にはならず「ウクライナ方式」の代理戦争になったとしても…
世界経済全体が被る打撃、私たちの暮らしが受ける影響の深刻さは、ウクライナ以上のものになります。
コロナ禍よりも重大な、生活への脅威になると思います。
そういう危機が身に迫っていること、日本のマスコミは、正しく報道しているでしょうか。
これをいま読んでいるあなたに、危機感はありますか?
あるいは「中国なんてやっちまえ!アメリカなら戦争すれば勝てる!」で済むと思いますか?
ロシアのウクライナ侵攻でわかったでしょう?
軍事力が巨大な国でも、どんな有利な兵器をもってしても、それなりに規模の大きな国を降伏させるのは…
ものすごく困難を伴うものなんです。
ましてアメリカが、世界最大の人口と第2位の経済規模を誇る中国と、直接全面戦争をして…
中国を降伏させるには、極めて広範囲にわたる、大規模な地上戦が必要になります。
(前の戦争での日本軍は、あの広い大陸での戦闘で「点と線」しか制圧できず、結局失敗しました)
世界一の軍隊と経済力を持つアメリカが、全力を振り絞って戦争にまい進しても…
膨大な戦死者と、国が傾くほどの莫大な予算と、長い長い、とても長い時間を要することでしょう。
その間に、禁断の核兵器が使われる可能性だって、かなり高いと思いますよ。
二つの国がまともに殴り合ったら…
威信を賭けて徹底的に戦ったら…
どんなに楽観的な予測をしても、両国がほぼ共倒れになるのに近い事態を招くでしょう。
悲観的な予想は、現生人類の、文明の滅亡です。
そして私たちの日本は、間違いなくその戦いに巻き込まれて、前の戦争など比較にならないような…
国全体が滅ぶのに等しい惨状を呈し、この国の歴史自体が、終わることでしょう。
もちろん、うちの息子の研究や夢なんて、どこかへ吹き飛んで…
彼自身が生きていられるかどうか……非常に厳しいと思います。
そうならないためには、米中の首脳に、しっかりとした理性と自制心を持ってもらわないと。
ジョー・バイデン、習近平、このふたりの両方に、その理性と自制心があることを祈らずにはいられません。
もしもそうでなかったら、何もかもおしまいです。
そして、たとえ首脳同士が理性と自制心で衝突を避けるよう努めたとしても…
「世論」が、とくに言論の自由がある、アメリカとその同盟国側の世論が冷静でなくなったら…
世論や、国民感情が過激化して、政府を突き上げたら…
国の指導層も戦いが避けられなくなることは、太平洋戦争のときの日本や…
第二次大戦前の、ドイツやイタリアの舞台裏をみればわかることです。
私たちもまた、冷静にならないといけない。
どんな理由があっても、たとえ「正義」のためだと言われても…
「戦争だけはだめ」
頑固にこれを貫き通さないと。
本当に、何もかもが終わります。