不思議な出来事~★~霊峰石鎚山で、役行者と弘法大師に会う!
◎ あれは、どう考えても役行者(えんのぎょうじゃ)様に違いない・・。そうとしか考えられない。霊峰・石鎚山に登山し、出会った不思議な数々のお話をしましょう。
■ 役行者(えんのぎょうじゃ)様と弘法大師とに出会う!
神仏に出会う時は、心魂で見たり聞いたり、肉眼で見る事も有れば、肌で感じたり、人を介して感じたりと色んなケースが有ります。この時は、人を介して、びんびんと感じた時(出会)で、石鎚山が呼んで(招待)下さった事を悟ったのでした。
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■ 出発の準備をする・・
この頃は、色々と大変な事が重なり、心身が大変疲れ病んでいた時期だった。
私は、石鎚山に導かれる様に、出発に当たり準備をはじめた。天から、カッパを用意する様に言われたがカッパが無いので、代用にゴミ袋を多めに用意し、懐中電灯も必要だと言われたけれど、肝心の電池が無かったので、仕方が無い。飲み物を用意し、おにぎりも用意し、そしてバナナも・・。
早朝に出発をし、やっと登山口の土小屋に着いたのは正午だった。今回は、一人登山である。以前に登山した時は、友達が一緒だった。頂上の山小屋(宿泊施設)にも一泊し、楽しかた・・・。しかし、今回は、事情が違う。心は重いものを背負っている。出だしから足が重い。
車の中で、バナナと持参のおにぎりを頂いた。登頂前に、トイレも済ませ駐車場へ戻る途中の休憩場所で、70歳前後の白装を着た団体客が休んで居た。食後、直ぐに出発すると横腹が痛く成るかもしれないし・・・。そう思い、私もその場でチョット休憩をする事とした。人、恋しかったのかも知れない。
その団体の中の70歳位のお爺ちゃんが、ガイドまがりの薀蓄(うんちく)を話していて、同行していたお婆さん達がにこやかにその話を聞いていた。何と無く耳に入って来た薀蓄だったが、知らない事やそうだったなー・・と思い出す事も有った。お揃いの白衣が気に成り「どちらから皆さん、来られたのですか?。」と聞いてみた。「九州の○○○からやって来ました。毎年、来ているんですよ。」と、にこやかに一人のお婆さんが答えてくれた。
薀蓄(うんちく)爺さんの話で、弘法大師は石鎚山で修行をした事、そして役行者様の弟子だった事を新たに知った。なるほど・・。
知らないよりも知って登った方が価値も増すし登りがいが有る。後から考えれば、爺さんの薀蓄の教えも石鎚山のお導きだった事を知った。
登り口の石鎚神社で、登山の無事を祈願した。そこに備え付けの無料の杖が目に入ったので借りる事とした。予定としては、登りに3時間、下りに2時間半で、夕方の6時半くらいには登山口に帰れる・・・。夏場も有って、7時くらいまでは、明るいだろうし・・「余裕だ・・。」そう思っていたが、甘かった・・。
シーズンと連休もあって、登山客が多かった。狭い上り下りの道は、譲り合いの場でもある。登る者は降りる者を自然と優先とし道を譲っている。すれ違う度に「こんにちわ!。」と挨拶をする。登り切るまでに何百回挨拶をするのだろうか。降りてくる登山客は皆んな、清清しい挨拶をしてくる。私もそんな気分になれるのっだろうか?。疑問だ。
登頂までには、3箇所の休憩らしい場所が有り、最後の休憩場所から登頂までは、大方半分くらいの距離が残っているらしい。2箇所の休憩までは、まーまー順調だったけれども、それ以降は、なかなかきつかった。足の脛もそろそろ痛く成ってきた。再々、休む事と成ってしまった。
腰を下せそうな場所で杖を置き休憩をしていると、天から声がした。「杖の頭は、進む方向に向けて置くと良い。」理由は、登りだからと言って上がり方向ばかりでは無い。下りながら、登る場合も有る。進む方向が解らなく成る事があるとの理由を教えられた。「迷う事など有る訳が無い。そんな馬鹿な・・。」と思いながら進んで行く。一番めの休憩を終え歩いている時にも言われた事が有る。歩き方を教えてもらったのだ。「真っ直ぐに歩くよりもジグザクに歩くと足に負担が掛からない・・。」と、声が聞こえて来た。誰かが一緒に登って居るのを感じた。
三番目の休憩の場は、少し広めで他にも休んでいる人達が居て、知らない女の人が、にこやかに塩飴を差し出してくれた。他に休憩をしている叔父さんが、「山登りには蚊では無いが○○○とか言う虫がいて、刺される事が有るから気を付けないといけない・・。」そんな話をしていた。下りの人達を見ていると、腰に蚊取りせんこうをぶら下げている人も居た。「なるほど・・・。」刺される予感がした。
下りの人が、「ここからが大変ですよ。頂上までは、大方半分の距離が有りますからね。頑張って下さい。」そう言って降っていった。「まだ、半分の距離が有るだ・・。」馬鹿らしく成って来た。
「何でこんな時に私は、一人で山に登っているのだろうか?それどころでは無いと言うのに・・。何てこった!」疲れと膝の痛みで、なお更にそう思えた。「もう帰ろう。何の意味も無い・・。」そう思った時、一人の白衣を着た60歳代後半くらいの叔母さんが、「頑張りましょうね・・。」と息を切らしながら声を掛けて来た。「はい!」と答え、返る事も出来ずその叔母さんと前後しながら、励ましながら登って行く羽目となってしまった。
息をするのも辛いので、それほど話は出来なかったけれど、この叔母さんは、毎年、登っているらしい。白衣の背中には、墨書きか印が数箇所押して有り、南無大師遍照金剛と書かれて有った。弘法大師だ・・。前後しながら登ったけれど、大方が叔母さんの背中を見ている機会が多かったのだから、結局は、その叔母さんに引っ張られる様に登った事に成る。年下なのに何とも情けない・・。
背中を見る度に、「この叔母さん随分と得を積んでるな・・・。」と思った。良い人で、優しい穏やかな人で有る事も分かった。背中が輝いて見えた。どうこうしている内に、やっと頂上に着いた。見覚えの有る風景である。やはり今回も天気が悪い。もう、薄暗い・・。時計を見ると4時半を過ぎている。3時間半も掛かってしまった。
叔母さんは、私が宿泊をするものだと思っていたらしい。先に到着をしていた連れ達が迎えに来る中、宿泊をしない事が分かると、「あなたも今日は泊まったら・・。」と何回もしつこく薦めてくれたけれど、生憎、持ち合わせが無いので断った。
叔母さんが、連れ合い達と宿に入って行った後、私は、残り一個のおにぎりとお茶を頂いた。5時に祈祷が始まるらしい・・。直ぐに帰る予定だったけれど、折角だから、一緒に混じって祈祷をする事にした。
あの時、叔母さんが声を掛けてくれなければ、一緒に登っていなければ、私はここ(山頂)には居ないだろう。知らない同士でも、目的が一緒だったら助け合って行けるんだ・・。一人なら無理な事も、こうして出来るんだ・・。人には人が必要な事を思い知った。
そんな事を考えている内に、祈祷が始まった。終わったのは、5時半。さー急いで帰らないと・・。風も出てきたし雨もポツポツと降り始めた。さっきの叔母さんが私を見つけ、心配そうに、また宿泊を勧めて来た。「大丈夫です。帰りは、早いですから、今からだと7時過ぎには着きますから・・・。」本心は、不安だったけれど、仕方が無い。急いで、降りる事にした。
本当は、山頂に泊まりたかった。そして瞑想でも出来たら・・・とも思って居たけれど、宿泊場では、皆が一緒なのでそれは無理な話で有る事は、以前の経験で解っていた事だ。ゆっくりと瞑想し、どうすれば良いか・・・今後をどうするべきか・・。この天候では無論、外でも瞑想は無理である。もう、降りる人は誰も居ない・・。
さ~急いで帰らないと大変な事に成ってしまう・・・。一気に、山頂から下り始めた。その時、また声がした。「下のみを、足元のみを見て下りなさい・・。」そらそうだ・・。もう既に、足元が怪しく暗く成って来た。しっかり見ていないと滑落をしてしまうのかもしれない・・。トントン拍子に降って行った。
どれ程の時間が経っただろうか?順調に降って行った私の足がピタッと止まってしまった。見たことの無い、覚えの無いブルーシートらしい物がパタパタと音を立てて激しく揺れている・・。見た事の無い掘っ建て小屋だ。直ぐに分かった。
道を間違えてしまったのだ。引き返さないと大変な事に成る・・。風は益々激しく成って来た。足元もわずかに見えるかどうか・・。私は、その掘っ建て小屋らしい物に背を向けた。さ~引き返さないと・・。
木々が激しく音を立てて揺れている。暗い・・。一人だ・・。だれも居ない。そう言えば、昨日の天気予報によると、台風がこちらに向って来ているらしい事を思い出した。足が震えた・・。怖さと疲れと膝の痛さで一歩づづしか進めない・・。
頭の中に、遭難・・・そんな言葉が思い浮かんだ。私は、間違い無く遭難してしまったのだ。 何てこった・・!
つづく
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