2022/11月中頃結構暖かい日の午後、原告だった大原さんに久しぶりに電話してみた。
子供が1人増えて3人になっていた。家族揃ってコロナの注射は打っていないが、誰もなっていないそうだ。
風車はかなり前から故障で、その時以来修理されていなそうだ。で、今は動かない風車がそのまま立っているそうだ。
風車の撤去は何時なのかな? 目障りなんだと思うのだが。
これまでの経過:愛知・田原の風力発電騒音訴訟
15/5/9 「確かな規制基準が無いのに裁判を続けるのは無謀と判断した」と言う、弁護士の言は何とも情けない。
「確かな規制基準が無い」と言うことは風車関係者なら誰でも常識として知って居ることで、この弁護士も頼まれた時からそれを承知でなければいけないはずなのに、原告の話では、それをこの弁護士は「何か規制基準があるはず」と探しまくったと言うことだ。
結局は、「国は被害の実態があっても、風車のような特殊建造物の騒音を規制する基準を設けていない」という、風車被害者ならだれでも最初から知って居ることを知ったに過ぎないと言う、弁護士自らが風車騒音問題が何故問題かを認識しただけの非常にお粗末な裁判であった。
ただ、この裁判で、「確かな規制基準が無いのに裁判を続けるのは無謀」と原告側弁護士に判断させたことは、風発事業者が風車建設に際して、現地住民に”約束”する、「何か問題があれば、後でいつでも対処する」と言う空手形は”空”でも良いことになってしまう。後で如何に苦情が出ようが、余程の事が無い限り、現行法内の「騒音値」などであれば、規制の全く無い”聞こえない音”低周波音、超低周波音などの苦しみの苦情は法的に取り上げることはない事がはっきりと確認された訳だ。将に後の祭りだ。
事業者にとっては、「風車はとにかく建てれば勝ち」、被害者にとっては「建てられたら終わり」と言うことである。何せ、後から法的に争う事になっても、法規制が無いのであるから争っても『無謀』と言うことを実証してしまった訳で、この事実を事業者、風力発電被害”予定者”ともに認識した事であろう。
繰り返すが、『風車はできたら終わり』です。何がと言って、事業者のお仕事と、あなたの静謐なそれまでの生活がです。「安岡沖洋上風力反対の会」の方々頑張ってください。
更に悲惨なことは、この案件の場合、小さな裁判所で行われた為、一審と二審が同じ裁判官により執り行われたと言うことである。自分で”自分の判決を覆す”ような事がありうるでしょうか。
私は裁判官の忌避を勧めたのですが、それは弁護士的には”極めて大変”な事であったようです。
これまでの経過:愛知・田原の風力発電騒音訴訟