讀賣新聞「よみうり文芸 俳句」
6月10日神奈川版
入選
思ひ出は引く波に消ゆ桜貝 中沢 洋(翔風)
翔風さん再びの快挙お目出度うございます。
桜貝を日に透かしながら美しさを楽しんでいる内に、ある思い出が重なってしばし佇んでいるという景が見えてきました。
またいつか句会ご一緒したいですね
益々のご健吟を!!
(坂田金太郎)
やびつ峠散策の目的で駅に集合した老翁4人、寒そうな空模様を見ながら急きょ変更した行く先は俳句の聖地「鴫立庵」で一応4人とも自称俳人の面目躍如です。
内心で「佳い句を授かりますように」とか「言葉の泉を湧き立たせてください」とか祈ながら、「此処でミニ句会を」と誰も言い出さないのはどうしたことか・・・
『緑蔭の誰彼の句碑乱れ立ち 金太郎』
続いて訪れたのが島崎藤村が最晩年の2年間を過ごしたという藤村旧邸です。それぞれに若かりし頃は文学青年?というが「何だっけ、ほらあれよ、あれ」「そうだ、あれあれ、なんだったけ?」とあやしき会話でと文学論に進んでいかずにぶち切れるところが老翁の老翁たるところです。
『藤村やああ藤村や・・・・・』
(写真は藤村邸と庭に咲いていた「ベニカナメモチ」)
次に海岸にでて砂浜をあるいて吉田邸に向います。浜辺には浜昼顔、忍冬が咲き、茅花の白い穂が心地よい風になびいていました。
『玉石や幾万年の夏の浜 泊雲』
『昼顔や渚に消える足の跡 泊雲』
『釣人の赤きジャンバー茅花吹く 金太郎』
『沖見つめ動かぬ人の白日傘 金太郎』
途中で波打際から拾い上げたのが約20センチ角の箱でした。頑丈に包み込まれたものを丁寧に解いていくと、中から現れたのはハムスターの死骸と綺麗な文字で書かれたメモでした。
「ハムちゃんこれまで有難う・・・・」というような事が書かれていました。
『亡骸は昼顔の墓ハムスター 乾惠』
「浜昼顔の根元に埋めてあげよう」これはメモを読んだ4人の共通の思いと行動でした。
長い砂浜歩きは老翁には堪えます、息の上がらぬうちに浜歩きを諦めてバス通りを吉田邸に向います。
そして最後の締めはやはり居酒屋で、やっと何時もの自分らしを取り戻している4人でした。
『筍の刺身旨しや茶碗酒 一父』
(おわり)
文と写真 坂田金太郎
讀賣新聞「よみうり文芸 俳句」
4月29日神奈川版
「入選」
未だ六年もう六年の北の春 中沢 洋(翔風)
(サビタの花)
遅くなりましたが翔風さんの読売文芸入選のコピーが届きましたのでお知らせします。
翔風さん改めましておめでとうございました。