「ばかばかしいものとの共存」 一部引用編集簡略版
議会の開院式は、中世の慣習を守った華麗なものである。女王がダイヤモンドに輝く王冠をかぶって、バッキンガム宮殿から黄金の馬車に乗って上院に到着する。儀式は煩雑なものである。
全員が中世の衣装をつけている。イギリスは衣装にこだわっている国だ。まず女王の一行を先導する黒い杖をを手にしたブラック・ロッド(黒い杖)と呼ばれる海軍提督が、「ただいま、女王陛下が到着された」と叫びながら、上院の重い扉を何回か杖で叩く。初めは内側では聞こえないふりをするが、そのうちに「だれか?」とたずね返して、ようやく厚い扉が開かれる。
女王はかつて中世に国王がハウス・オブ・コモンズ=下院に兵士を入れて、議員を逮捕したことがあるために、下院に立ち入ることを許されない。それにしても、「ハウス・オブ・コモンズ」==「コモンズ」(平民)の「ハウス」(院)とは、なんと階級を差別した呼び名だろうか。
女王が議会のなかに入ると、すでに首相、野党の党首、下院議員が待っていて、全員が女王に従って開院式が催される上院==ハウス・オブ・ローズ==ロード(貴族)たちの院の本会議場へ向かう。上院議員はみな純白の襟がついた真紅のローブをまとっている。
1998年には上院議長のアービン卿が、17世紀からかわらない伝統的な議長の衣装が窮屈だといって、一部を簡略にすることを求めた。きつい黒い半ズボンと、黒い長い靴下を着て、大きなバックルがついた靴を履かなくてもよい許しを得ようと試みた。この結果、長い討論が行われたうえで票決にふされて、145票対115票の差で認められた。
といっても、重い白銀色の鬘(かつら)をかぶったうえで、長い上着と金の縫い取りがあるローブを着るから、外から見たらあまりかわらない。また、アービン卿は議長の椅子にかつてのイギリスの富を示すウールサック(羊毛のクッション)が置かれているが、座りにくいと苦情を述べた。
アービン卿は自分の姿が「まるで”不思議の国のアリス”に出てくる、蛙のフットマン(従僕)のようだ」といって、議員の同情を引いた。アービン議長はふつうの長いズボンと靴下と、「よく磨いたうえで」普通の革靴を履くことを許された。
イギリスの有名な評論家は、イギリスの「民主政治は真面目さと、アブサーディティース(ばかばかしいもの)が共存していることによって、機能している」と論じている。
これからイギリスは、どうなるのであろうか。貴族が過去を栄光に包もうとするのに対して、政治家はまだ到来していない未来を栄光に包もうとする。双方から、よいものを汲むほかあるまい。
参考:加瀬英明著「イギリス 衰亡しない伝統国家」
加瀬英明氏は「ブリタニカ国際大百科事典」初代編集長