投資家の目線

投資家の目線736(「ショック・ドクトリン」を読んで考える)

 「ショック・ドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く―上・下」(ナオミ・クライン著、幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店)は、経済学におけるシカゴ学派を中心とした「新自由主義」が世界各国に与えた(悪)影響について書いたものである。

 まず、シカゴ学派の「シカゴ・ボーイズ」を経済顧問にした、独裁で有名なチリのピノチェト政権が挙げられる。ピノチェトのクーデターの翌年1974年にはチリのインフレ率は375%に達し、クーデターを強く支持した製造業者は梼Yの憂き目に遭い、利益を得たのは外国企業と「ピラニア」と呼ばれる投資家(投機家)ぐらいのものだったという。

 次にアルゼンチンが挙げられる。「新自由主義」政策で、人口の半分以上が貧困ライン以下の生活を強いられたという。そして、その軍事政権下では労働組合指導者や農民、地域活動家らが拘留されたり拷問にかけられたりした。

 中華人民共和国のトウショウヘイ主導の経済改革もミルトン・フリードマン流の新自由主義経済改革で、1980年にはフリードマンを招待し官僚や大学教授、党の経済学者を前に講演させている。天安門事件の抗議運動のリーダーの一人は、1989年の天安門事件は、賃金は下がり物価は上がる経済改革に対する抗議運動と捉えている。そうであれば、李鵬首相によるデモ鎮圧はチリのピノチェトと同様の手法を取ったと言える。共産党幹部の子息に大量の億万長者が生まれたことも、次のボリビアのケースと同様に「新自由主義」的である。

 レーガン政権のコカイン撲滅攻撃により経済危機に陥ったボリビアでは、ケインズの影響を受けながらもレーガノミクスの申し子であるハーバード大学経済学部のジェフリー・サックス教授を登用した。1985年に1万4,000%にも達したインフレ率は物価の引き上げ等の彼のプログラムにより2年以内に10%にまで下がったが、プログラム実施から2年後に実質賃金は40%低下、少数のエリート層はますます豊かになったものの、国民の大部分は貧困に陥ったようだ。その後ボリビア経済の復興に役立ったのは皮肉にもコカ栽狽フ増加だったという。経済合理性を考えれば、非合法でもなりふり構わず単価の高いモノを生産する方が「生産性が高い」と言えるだろう。

 ジェフリー・サックスは、ポーランドの経済改革にも関わっている。サックスはポーランドの人民の多くが反対する重工業の民営化を行った。一方、「連帯」は前政権を唐オたものの、前政権の債務の支払いは要求された。ポーランドは債務とインフレで経済危機に陥ったが、シカゴ学派のエコノミストで占められるIMFや米財務省はショック療法のチャンスとそれを放置した。

 ロシアの経済改革でも、民営化や投資信託市場の準備でハーバード大学が関わっている。エリツィンのクーデター後、工場や炭鉱の民営化で利益を上げたのは元共産党政治局員を含む少数のロシア人とそれに投資した西側の投資信託のファンドマネジャーぐらいだったという。一方、多くの農場は破産、国営工場は閉鎖され、大量の失業者が発生した。経済の「ショック療法」実施以降、1990年代半ばまでに貧困層が7,200万人も増加したという。また、ホームレスの子供、HIV感染者の増加についても記述されている。第11章のサブタイトル『「ピノチェト・オプション」を選択したロシア』は言いえて妙である。

 インドネシアでは、カリフォルニア大学バークレー校で教育を受けた「バークレー・マフィア」が猛威を振るった。彼らはスハルトのクーデターの準備段階から軍に協力し、大きな金融取引の知識のないスハルト大統領に大きな影響力を持ったという。

 南アフリカはサッチャリズムに舵を切った。その結果、貧困層は増え、黒人の失業率は倍増し、家を失った人は多く、かなりの数の人がスラムの掘っ建て小屋で水道も電気もない暮らしをすることになった。

 アジア通貨危機ではアジアの企業が安く多国籍企業に買収され、金融仲介業者も潤った。大韓民国では、高齢者の自殺、一家心中が増加した。なおアジア通貨危機の時、フリードマンはいかなる救済措置にも反対で、正常化は市場に委ねるべきと発言したという。

 イラクでは、戦争後に欧米人と組みガードマンを雇える豊かな層、地元の民兵に守ってもらえる中産階級、自分自身で身を守るしかない大部分のイラク人にカテゴリー分けされることになった。また、フセイン政権転覆後間もなくの調査では世俗政権を望む声が多かったものの、占領統治が一段と暴力化した半年後の他の調査では、イスラム法を基本とする国家を望むという答えが七〇%に達したという。

 同じことは災害でも起きる。ハリケーン・カトリーナに襲われたニューオーリンズや津波に襲われたスリランカがそうである。スリランカでは従来あった漁村の再生より、観光開発促進政策が優先された。

 新自由主義政策を推進した側には、後に汚職や殺人などの罪に問われた者も多かった。チリのピノチェト氏をはじめウルグアイ、アルゼンチン、ボリビアの元大統領、汚職や詐欺容疑としてチリのシカゴ・ボーイズ、ロシアではエリツィン政権の閣僚らや新興財閥、民営化や投資信託市場の準備でハーバード大学の教授と助手も詐欺の罪に問われ、同大学は和解金を支払うことになった。

 なお、1993年のカナダの債務危機騒ぎは、カナダの大銀行や大手企業が資金援助しているシンクタンクに操作されて引き起こされたもので、ある信用格付けアナリストはカナダの国家財政を悪く報告するよう、カナダ企業や銀行上層部から圧力をかけられていたとも書かれている。

 同書には『過去三五年間、サンディアゴからモスクワ、北京、そしてブッシュ大統領のワシントンまで、世界各地で見られた企業上層部と右派政権の結託は、一種の逸脱行為―マフィア資本主義、大富豪(オルガリヒ)資本主義、そしてブッシュ政権下では「縁故資本主義」―として片付けられてきた。だが、これらは例外的な逸脱行為などではなく、シカゴ学派による改革運動が、民営化、規制撤廃、組合潰しの三位一体政策によって導いてきた結果にほかならない」(下巻p458)と書かれている。軍事政権下のアルゼンチンでは労働組合指導者や農民が弾圧された。この『正社員化要求したら「強要未遂」!? 「関西生コン事件」に見る労働三権の危機』(2019年7月22日 註M三恵子 ハーバービジネスオンライン)という事件や、あるいは農業の大規模化、法人化もこれに通ずるものがある。森友・加計問題は、安倍首相周辺の人々には便宜が図られる縁故主義と言えよう。これらも「新自由主義」に関係あるものと思う。また自民党の改憲案のうち「非常事態条項」は、経済改革の痛みに抗議する人々を弾圧するのに役立つ。さらに、アルゼンチンのように地域活動家の弾圧までことが進むと下層の人々の居場所がなくなり、「ホーム・グロウン・テロリズム」の発生も懸念される。

 また、「独裁者たちの最後の日々 下」(ディアンヌ・デュクレ/エマニュエル・エシュト編/清水珠代訳)には、『ブレジネフの姪の回顧録によると、ある日彼女の父であるブレジネフの兄弟がブレジネフに、共産主義が実現する日はほんとうに来るのかとたずねた。ブレジネフは呵々大笑して答えた。「冗談だろう、ヤーシャ。共産主義だと、まさか!皇帝を殺し、教会を全部壊したら、国民は思想にすがるしかないじゃないか」。』と書かれている。占領統治下のイラクで「イスラム法を基本とする国家を望む」人々が多くなったのは、それに似ている。現在の日本でいえば、「日本ズゴイ」にすがっているようなものか。

 ブラジルのゲジス経済相は、ミルトン・フリードマンの下で学び、「国営企業の民営化、年金支給額の抑制による財政再建などを強く主張する。」(「ボルソナロ大統領、ブラジル新政権、民営化を加速、12空港、サービスを向上。」 2019/2/27 日経産業新聞)という。「新自由主義」の根は深い。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「本」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事