ドイツ連邦共和国(西ドイツ)の連邦政府の初代首相を務めたアデナウアーの回顧録には、ナチス台頭の遠因について、「国家全能という信念、すべての他者に対し、また、人類の永遠財に対して国家が、国家に集積された権力が優先するという信念」、「急激な工業化、都会への人口大量集中、その随伴現象としての根なし草化した人間」(「アデナウアー回顧録 Ⅰ」 佐瀬昌盛訳 河出書房 p.43)などを上げている。
ナチス・ドイツは「国家全能」だったが、現在「全能」なのは「世界経済フォーラム」ではないだろうか?脱炭素社会もデジタルトランスフォーメーションも「世界経済フォーラム」絡みだ。先日のG20では、一民間人にもかかわらず、「世界経済フォーラム」の創立者クラウス・シュワブ氏がスピーチしていた。「神」に代わる全能者を崇拝したり、「根なし草化した人間」の問題があったりする現在の状況は、当時と似ていないか?
当時のドイツでは「権力の集積体・具現体である国家を一層誇張する結果を招き、個人の倫理的価値と尊厳を過小評価する傾向を生んだ」が、それにはマルクス主義の唯物主義的世界観が寄与した旨が書かれている(同p.43)。それに対して、「ナチスが最強の精神的抵抗に出会ったのは、ドイツでもカール・マルクスの教義たる社会主義のとりことなることが最も少ないカソリック層および新教層においてであった。」(同p.44)という。このことによって、「キリスト教的・西欧的世界観、キリスト教倫理に立脚する大政党のみがドイツ民族に必要な教育的任務を果し、その再興の道をひらき、共産主義的・無神論的独裁に対する堅固な防波堤を築きうるという確信」(p.49~50)し、ドイツキリスト教民主同盟の結成につながっていく。米国のトランプ前大統領支持層は、妊娠中絶反対など、このキリスト教倫理を大切にしているように思う。
それにしても、無神論の共産主義の中心地であったモスクワがキリスト教の教えを忠実に守ろうとし、キリスト教徒が多かった欧米諸国が、LGBTQなどキリスト教から逸脱する行動をとるようになった。世界が逆転してしまったようだ。