投資家の目線

投資家の目線885(「ドイツ帝国」が世界を破滅させる)

 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(堀茂樹訳 文春新書)は、クリミア半島のロシア編入後の2014年8月に行われたエマニュエル・トッド氏へのインタビューを本にしたものである。

 

 同書では、ロシア嫌いの衛星国としてポーランド、スウェーデン、バルト三国が挙げられている。「ポーランドやスウェーデンやバルト三国には夢がある。ロシアを破滅させるという夢さ」(p45)という。特に「ロシアに対するポーランドの敵意は恒常的で時代を越え、けっして鬱に転じることがない躁状態のようなものです」(p110)と評価されている。ウクライナでの事変発生後、スウェーデンはNATO加盟を申請した。バルト三国の一つのリトアニアはロシアの飛び地カリーニングラードへの鉄道貨物輸送を制限しようとしている。「距離の面でロシアに近いバルト諸国やポーランドは、クリミア半島の奪還も含めてロシアを徹底的な敗北に追い込むまで支援することを主張する」(「民主主義の弱み見透かすプーチン氏 分断へ長期戦辞さず」 2022/7/7 日本経済新聞WEB版)など、ポーランドとバルト諸国は好戦的だ。しかし、いくらロシアとの対決を望んでもポーランドは資金不足だ(“Poland has racked up 237 million euros in unpaid fines since the EU’s top court issued a record penalty over democratic backsliding last year” 2022/7/15 Bloomberg)。EUの中で共同歩調を取らないハンガリーは、ドイツ圏から離脱途上の国と位置付けられている(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 p49)。

 

 ウクライナについては、「現実には、ウクライナは一度として、正常に機能するナショナルな塊として存在したことがない。見せかけの国家であり、破綻してしまっている」(同書p58)、「ウクライナの極右と東部ウクライナの親露派の間で起こっている衝突が明白にするのは、国の歴史的不在だ。西ウクライナの人びとはヨーロッパに加入したがっている。彼らにとってはまったくノーマルなことだ。ナチスドイツとの協力の伝統を持っている極右勢力が、いったいどうしてドイツのコントロール下に入ったヨーロッパに加入したがらないわけがあろうか」(同書p59)と、現在のウクライナ情勢そのものである。また、極右勢力が特に激烈なのは西部地域で、「その地域こそ、ヨーロッパ人に好感をもたれている地域(宗教的な類縁関係のゆえに、とりわけポーランド人に気に入られている地域)なのです。(中略)そこでは今なお、第二次世界大戦中の最も大きな強制収容所や死体投棄場所の門前で、平然とユダヤ人差別者であることを白状するような連中を見かけます」(同書p99-100)と、日本ではあまり知られていない状況が記されている。

 

 キエフにある政府は、西ウクライナの極右勢力の影響力が強いのであろう。ポロシェンコ大統領(当時)は「私たちは仕事にありつけるが、彼らはそうはいかなくなる!私たちは年金が受けられるが、彼らはそうはならなくなる。私たちの年金受給者と子供たちは様々な恩恵を受けられるが、彼らはそうはいかなくなる。私たちの子供は、毎日学校や保育園に通う。だが、彼らの子供は洞窟で暮らすことになる。つまり、彼らは何もできなくなるのだ。これこそが、我々がこの戦争に勝つ理由なのだ。」”ドンバス 2016"ドキュメンタリー映画【日本語字幕付き】("Donbass 2016" Documentary by Anne Laure Bonnel subtitles JAPANESE)と、ウクライナ東部住民に対してに差別的な発言をしている。「ポーランド貴族はルーシ貴族に比し多くの特権を有していて、正教徒のルーシ貴族にとってはカトリックに改宗しポーランド化することがポーランド貴族と対等になる道であった。こうして多くのルーシ貴族がカトリック教徒となり、言葉や習慣もポーランド化した。地方の小貴族や農民は正教を守っていたが、正教やルーシの言語は下層階級のものとみなされるようになった。そしてこの偏見は第二次世界大戦のときまで続くのである」(「物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」 黒川祐次著 中公新書p74-75)。ウクライナでの東部に多いロシア語話者への偏見は、こんな歴史からきているのではないだろうか?あるいは、シュラフタ(ポーランド語で「貴族」の意味)を勇猛な古代の騎馬民族サルマティア人の後裔とみなし、下位身分をサルマティア人に征服された住民の子孫とみなす「サルマティアリズム」(「新版 世界各国史 20 ポーランド・ウクライナ・バルト史」 伊藤孝之、井内敏夫、中井和夫編 山川出版社 p146)も関係しているのかもしれない。大国に隣接する周辺地域という意味で、日本とウクライナは似ている。「ロシアごころ」を批判するウクライナ版の本居宣長もいるのだろう。

 

 またウクライナ民族主義者組織(OUN)にはこんな過去がある。『OUNとは、29年にオーストリアで結党されたウクライナ独立を目指した政治組織。しかし、独立にあたっての民族浄化、つまり、過激な人種差別、反ユダヤが、この組織のもう一つの支柱でもあった。結成時に編まれたOUNの綱領には、異質分子(ユダヤ人、ポーランド人、もしくはユダヤ系ポーランド人)の排除が明確に謳われている。(中略)中でも1件で最大の犠牲者を出した41年の「バビ・ヤール大虐殺」、また、43年から44年にかけて西ガリチアとヴォルィーニで起こった大虐殺は、どちらもウクライナが舞台だった。そして、これらにOUNも積極的に協力したと言われている。1940年代といえば、それほど大昔のことではないから、多くの資料が残っているのだ』(『駐独宇大使交代騒動で見えてきた、プーチンがウクライナを「ナチ」呼ばわりする理由』 2022/7/15 現代ビジネス)。中世ポーランドでは、楯師、パン焼き人などの特殊技術者集団は、特定の物品やサービスの提供が義務付けられるかわりに一般の義務を免除され、「公の奉公人」と呼ばれていた。ゼレンスキー大統領が率いる政党「国民の奉仕者」は、このポーランドの呼び名を意識しているのだろう。

 

 ドイツ自体については、力をもつと非合理的に行動する国とされ、「おまけに、ドイツの指導者たちは今や、ポーランドの不条理性やウクライナの暴力との間の相互的影響の中にいる」(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 p68)と悲観的な見方をしている。確かに、ロシアからガスが止められたら、ドイツはアルミニウム、ガラス、化学産業など、産業全体が永久に崩壊の危機に瀕する(”Germany’s Union Head Warns of Collapse of Entire Industries” By Alexander Kell 2022/7/3 Bloomberg)にもかかわらず、ロシアとの対立の道を選択するのは非合理的である。

 

 英国のボリス・ジョンソン首相に続き、イタリアのドラギ首相も連立政権の崩壊で辞意を表明した(「イタリアのドラギ首相が辞意表明 大統領は拒否、政局混迷」 2022/7/15 日本経済新聞WEB版)。フランスのマクロン大統領にもUberとの間で疑惑が出てきた(『Uber、仏マクロン氏と「密約」か 英紙が社内文書入手』 2022/7/11 日本経済新聞WEB版)。事変発生時のNATO加盟国のトップが次々と引きずり下ろされている。経済崩壊寸前のドイツの政権はどうなるのだろうか?米国の中間選挙では民主党が壊滅的な敗北を帰し、バイデン政権はレイムダック化すると予想されている。先日の参議院選挙は政権のカオを取り換えるチャンスではあったのだが…。鈴木貫太郎内閣の内閣書記官長だった迫水久常は戦後江藤淳との対談で、「日本の陸軍のたった一つのとりえは、ソ連の実力を正当に評価しておったことである」(『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』 牧野邦昭著 新潮選書 p136)と、北進しなかったことを評価している。岸田内閣は、日本陸軍のたった一つのとりえさえなくしているのだろうか?

 

 DPRKがドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立を承認し(「北朝鮮が親ロシア派独立承認 実効支配のドンバス2地域」 2022/7/14 日本経済新聞WEB版)、ウクライナはDPRKと断交した(「ウクライナ、北朝鮮と断交 親ロシア派国家承認に反発」 2022/7/14 日本経済新聞WEB版)。ウクライナは否定しているが、英シンクタンク国際戦略研究所は、「北朝鮮が今年発射試験を行った大陸間弾道ミサイル(ICBM)などに、ウクライナの国営ユージュマシュ社が製造した「RD250」と呼ばれる旧ソ連製エンジンの改良型を搭載し、ミサイル発射技術を向上させたと分析」(「北朝鮮、ミサイルエンジンは輸入頼らず独自生産可能=米当局者」 2017/8/15 ロイター)していた。「バイデン米政権がロシアの侵攻を受けるウクライナに供与した大量の兵器を追跡管理しきれず、一部がロシア側に流出した疑いがあることが15日、米政府関係者の話で分かった」(「米支援兵器、ロシアへ流出疑い 追跡不能、拡散の懸念」 2022/7/15 共同通信)、「北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)の加盟国が、ウクライナに供給する武器を確実に追跡する仕組みの導入を求めている。犯罪集団がこうした武器をウクライナから密輸し、欧州の闇市場に横流ししている可能性が懸念されているためだ」(「[FT]米欧、ウクライナに提供した武器の横流しを警戒」 2022/7/13 日本経済新聞WEB版)とされ、DPRKにとって転売で武器技術を得られなくなればキエフとの関係など用済みなのだろう。またウクライナは、「教育を受けた青年層が国外へ出て行ってしまうことで苦しんでいます」(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 p98)と、高学歴者ほど国を見限っている。ウクライナの指導層には、支援武器を敵方だろうが高値で売って、国外へ脱出していい暮らしをしたいという者も多いのだろう。

 

 国連憲章第51条では、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」(国連憲章テキスト 国際連合広報センターHP)とされる。2月21日、ロシアはドネツクとルガンスクの両人民共和国の独立を承認するとともに友好協力相互支援協定を締結した。両人民共和国を承認する国家が増えれば、国連憲章第51条の集団的自衛権の行使として扱われ、ロシアを国連憲章違反に問うことは困難となるだろう。裏技ではあるが、ロシアの措置によりキエフ側の停戦違反の攻撃から救われた人々は確実にいただろう。

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