ふきの指定席

終生 のほほんな生き様かと思いきや
人生の終盤にきて
ところがどっこいの日々

40年目にしてわかったこと

2019-12-26 06:16:06 | のほほんの記
その人は見知らぬ私に乳飲み子を預けどこかにいってしまった
その事を何十年も不思議に思っていたが
私が経験をした事と同じような内容のブログを拝読し
なんとなくその謎が解けたような気がした
 
ヨーロッパ各地を自由気ままに旅をしていた20代の時でした
旅の途上で出会った スイス人の女の子の家に遊びに行った時のこと
その女性のお姉さんが 
まだ産まれたばかりの乳飲み子をつれて実家に遊びに来ていた
あまりの可愛さに抱っこしてもいいかと聞いたら
抱かせてくれたが
私に赤ちゃんを預けたまま 家族といっしょに出かけてしまい
1時間以上経っても戻ってこなかった
友達さえも どこかに行ってしまったのか
誰も家にいないのである
私に何か言っていたのかもしれないが
ドイツ語だったから
私がいい加減な返事をしてしまったのかもしれないと思いつつ
何かあっては大変と緊張しながらも 抱っこをして待っていた
グレーの瞳の「ろうたけた」赤ちゃんは
ずっと私を励ましてくれていました
その時の赤ちゃんも 今40歳になっているはずである 
誰かの素敵なパパになっているかな
 
日本人だったら
素性の知れない人間に 大切な乳飲み子を1時間以上も預けるだろうか
目を離す事があるだろうか
それは信仰による「隣人愛」からだったのかと
冒頭に書いた思いにいきつく
40年も経って 
私の事を微塵も疑う事無くの 彼らの宗教の重みを理解した

来るのよね
その宗教の勧誘に
私にとって自然な事のすべてが
なぜ宗教のくくりの中に入らなければならないのか
わからないけれど…
 
 
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