ふきの指定席

終生 のほほんな生き様かと思いきや
人生の終盤にきて
ところがどっこいの日々

群青色の空

2014-11-15 06:44:02 | のほほんの記
朝焼けが綺麗
群青色の空に しばし我を忘れていました
私は単純なので どんな状況 情景でも 
美を見出し いいなぁ綺麗だと思ってしまいます
今は全然ちがいますが 
以前は 映像記憶がすごく 
そこに人が絡み会話まで発生すると
はんぱなく記憶に残ってしまいます 微に入り細に入りです 
顔記憶は特に鮮明です
そんな私なので
群青色だと 頭を心を休めることができるから ほっとします
群青色もすぐ 明るさに 漆黒に変ってしまう はかなさがあります
私は明るさに変化していく 群青色が断然好きですが 

とても静かな朝です
云々書こうと思っていたら 父ちゃん起床
一杯のコーヒーから 朝のスタートです

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無性に懐かしく恋しい感覚

2014-11-14 09:47:58 | のほほんの記
“今日の登山は誰にも会わなかった”
そんな内容のブログを拝見し
なんとも言えないゾクゾクッとした感覚に見舞われました
若かりしきころ 何度もそんな登山を経験しています
そんな時 虫や鳥さえも その生命の存在に気付くことなく
この全宇宙に 生命体は自分独りだけみたいな感覚に 何度もおち入りました

川のせせらぎ
風の音
木々の語らい
空気の匂い
光の暖かさ
・・・゛
感性が研ぎ澄まされ
自分の五臓六腑にしみわたってきました
言葉ではうまく表現できませんが
私にとっては癖になる恍惚とした時間でした
10代後半から20代半ばまでの私の登山歴ですが 今から40年前後に遡ります
あの当時 私のような 中途半端な山女子は 誰もいませんでした
今は 登山人気もすごいですから
誰にも会わない登山は難しいでしょうが
その意味では
不思議な体験をさせてもらいました

あれだけ山が好きだったのに
なぜやめてしまったのか
自分の深層心理が思い出せません
やめたその年の秋に 異国の地に自分の気持ちが向き ひとり旅に出てしまいました そのことも起因していると思いますが
今では 登山も 人様の山ブログで 楽しむのみです
他力本願では 山にも行きますが
あの恍惚感は 今では夢の如しです
今とても ふぁ~な気持ち
やることが沢山あるのに 困った ふぁ~

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美魔女にレギンスだって

2014-11-13 17:24:33 | のほほんの記

訳がわからん
先に書いたブログに補足でーす
タイツ→スパッツ→  *レギンス*
おばさんなのに 異常な美人のことを  *美魔女*
あなたはそんなことも知らないのと 友人から メール
もっと今を知れですね 

ネットでチェック
ふ~んだぁ
知らなかった トホ
でも
詳しく調べる気になれず
まぁ
間違ったことを書いている訳ではないし
表現が古くてもヨカ
一言で語ることができる言葉があるとしても ふ~ン 微妙 

頭のクラクラがまだ治らず今日も医者へ
ネットで予約
出先から 待ち状況を 携帯で確認できるも
携帯を持っていないしね
適当な時間を見計らって出向く
結局 ズーット待ってしまった
それでいい
携帯も PCもなしのご年輩の方がケッコウ多いし
律儀さに 我も従うのみです
でもチョットずるしてしまったけれど ごめんなさい

 古き道 新しき道 回り道 泥川柳


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痩せて綺麗になりましたね

2014-11-13 09:31:53 | のほほんの記

残念ながら私の事ではありません
同マンションに住む知人の女性
この方 私と同年代です
背格好が私とそっくりで
ヘアスタイルも同じ 服装の趣味まで似ています

まぁ我々は そこらへんにいるオバサン A B Cの1人なのですが
今朝の「おはようございます」の爽やかな声にビックリしました
肉量が半分に
ショートボブにカットし 毛が光輝いている
あの天使の輪ができている うそぉ~👀
朝から薄化粧なんかしちゃって
スパッツ?とやらをはき その上にミニスカートなんか巻いたりして
肌も綺麗
えっ
何事が起こったの
3ヶ月ぶりに見た彼女は 別人に変身していました
「なにぃ~(私の声も若干震えています)不倫でもしている~ノ?」
いつも 毒舌はきまくりの 会話なのですが
ただ 真剣にダイエットに 取り組んだ結果だそうです
それも我々の年代で こんな短期間で変われるものだろうか
整形でもした❔

不倫はこれから挑戦するなんて マジ顔で 言われてしまった
だって 美しいモン できるさ
ワレを見てしょぼ~んです
女を忘れてハヤ何年の私
女を意識するなんて もうどうでもいいけれど
美しさには憧れる 美の基準は人それぞれだが
この年でも
努力で 美しさを 得ることができるんですね
彼女の人生が 100倍に光輝いて見えた
努力…解せねぇ~ 

 自然体 姥桜には 地獄道 泥川柳

トホホ


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寒々しいね

2014-11-13 07:23:26 | のほほんの記
彼の国の 長たる民度の 寒きかな 泥川柳

数日前のニュースが 頭に心に 悲しく過ぎります
平凡なオバサンの心をえぐるほど 
長たる人の民度の低さに愕然としました
正直と言えば 正直な人なのかな
そんな人が世界のリーダーを気取るなら
人間界はまだまだ成熟していないのですね

朝日見て 憂う世界に 花ゆれん 泥川柳 

道端にへばりつく枯れ葉も 
太陽の恵みに 平和を願っています

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赤面もの

2014-11-12 08:29:57 | のほほんの記
還暦になったのを機に ブログをスタートさせて8ヶ月目に突入
原稿用紙で換算すると300枚はゆうに超えていると思う
こんな換算のシカタは古いねぇとまた友人に言われそう
今時の作家さんは原稿用紙に手書きなんてしないのかな
私ですら 20年以上も前から ワープロで書いていた
恩師の○○先生は 90歳(?)を過ぎていらっしゃる
現世でお逢いすることはないと思うが 
つい最近ご消息を知る機会があった
生涯現役で文学の世界に身を置かれている 
研究著書も何冊かあるのだが 私には難しくて1ページも紐解けない 
よく訪問させて頂いているブロガーさんで 恩師と同じ文体の方がいる
文体が難しく理解できず 固まってしまうことがほとんどだ
なんとか理解しようと努力をするのだが 教養のない私には無理である
これからは 玉響の如く生きるぞと思っている私に 
深きを学ぶ心意気はない
頭のいい人の 脳の構造はどうなっているのかな
恩師が 私のブログを 万に一つでも 読むことがあれば 
私の人生のゴールが加速してしまう
そもそも 私の事など覚えていらっしゃらないだろうな
先生は 古文の世界
私は先生にとっては異端児で 現代文学の世界に
こんな私をいつも ふ~んそうだねぇと言いながら可愛がって下さった
文学の世界も 瞬時で挫折してしまった私に 
書きなさい ナンデモいいから書きなさい 
原稿用紙一枚でもいいから書き続けなさいと 言って下さった 
あぁ~当時を想い出し涙が出てしまう
先生 私は自分の身の丈をよく知っていました
なのに
なぜ可愛がって下さったのかな
不肖の生徒は 先生の一文すら理解できないまま 歳を重ねてしまいました
我がブログも 駄文の羅列 おまけに誤字脱字のオンパレード
修正する気力もないまま タマユラノゴトシ なんですよ 先生・・・
でもね
今書くことが苦でなくなりました
なんのてらいもなく正直な思いを書いています
正直すぎて何度も 問題ありとご指摘をうけましたが
ただ 今は 一方通行で吐露しています ちょっとずるし
なにせ 打たれ弱くなりました

今日私のブログを閲覧して下さった方が のべ5万人越えをしました
ありがとうございます 心よりお礼申し上げます

なんでもいいから書け 書くことを続けろと おしゃってくださった先生
先生の思いは 全然違うことを指していると思いますが
私は 生きることの 生きてきたことの 素朴な心で
また駄文を 書き続けようと思っています
先生 書くことの 楽しみを気付かせて下さってありがとうございます
苦しみから逃げてごめんなさい 
先生の“恩”書を理解できぬままの頭の悪さ恥じ入ります 
闊達たる先生の人生が 最後のその日まで 明るく光輝いていますように 心よりお祈り申し上げます

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絶対購入 新米 銀杏 ゆかり

2014-11-11 17:06:16 | のほほんの記
帰省したら 必ず購入するのが 
新米 銀杏 ゆかり(しそのふりかけ)
銀杏は私の大好物 勿論銀杏はどこでも購入できるが 
自分が生まれ育った地の物に拘ってしまう
新米もね
ゆかりは 母が生前必ず作ってくれた これも大好きな一品
地元で購入すれば 母の味に出会えそうな気がして購入する 
残念だが未だに母の味に出会えない
銀杏とゆかりは 家族の誰も食べない
ゆかりに関しては息子も食べてくれるが 
勿論私のような思い入れがあるわけではない
食べる事に対して積極的愛情に欠ける 
なので
私の1人食いがほとんど
銀杏は大量購入し 冷凍保存をする
今日銀杏のカラを取る作業をしているのだが
去年までのようにスムーズに事が運ばない
市販の銀杏割を使っているが
力配分がうまくいかず カラがうまく割れないのだ
ちょっと恥ずかしいが 銀杏の数は500個以上あると思う
私 銀杏は際限なく 食べることができます 勿論食べませんが
要は 今回カラがうまくむけません 
暇ヒマの1日ガカリでやっています まだ途中
去年まで この過程を難なくこなしていたのに
今年はダメだわ
何ゆえに
疲れてしまった まだ 半分程度残っています
今日はオシマイ
銀杏を食べ過ぎると よく鼻血ブゥ~になるよと言います 
身体に毒だとも
食べすぎると母に鬼のように怒られました
昔から そんな事を気にしつつも
銀杏をこよなく愛する私です




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猫ちゃんがいてくれたらなぁ

2014-11-11 09:08:20 | のほほんの記
皆さんの猫ちゃんブログを いつも羨ましさ100パーセントで 
拝見させて頂いています
私は虫以外の生きものが すべて好きです
共に暮らすなら 断然猫ちゃんですが
今 この時に 私の膝に猫ちゃんがいてくれたら どんなに幸福感で満たされることでしょう

15歳から集合住宅の住人で 動物を飼ってはいけないルールの環境で
生活しています
それまでは
猫 犬 兎 鶏 山羊 
いずれも愛玩の対象で 家にいました
動物の世話は 次兄がほとんどしていました
次兄は動物が大好きで いつも黙々と餌やりをしていた姿が記憶に残っています
私は無責任に可愛がるだけでしたが
その中でも猫ちゃんが一番好きでした
人生で一番最初に飼った猫が トラの雄猫
私はまだ6歳だったと思います
雄なのに 名前はミーちゃん ちなみに私の愛称もミーちゃん
まぎらわしいので それからは私の愛称がビーコになりました
何故後から家族になった猫ちゃんが優先され 同じ愛称で呼ぶのか 
何故猫ちゃんではなく 私の呼び名を変えるのか 
当時は疑問に思うこともなく素直に受け入れていましたが
今ふと何故と? 
兄は亡くなるまで私のことをビーコと呼んでいました
他の家族は 自然にミーとの呼び名に戻りましたが
父ちゃんも 私のことを ミーチャンと呼びます ヨダンでした
で 猫のミーちゃんの話に
このミーちゃん 誰もがウナルホドの天才猫でした
頭のよさと 良き性格を 兼ね備えていました
後にも先にもそんな猫は このミーちゃんだけでしたが
ミーちゃんとの出逢いが強烈すぎて 我が人生で永遠と 心のミーちゃんを求めるはめに
ミーちゃんはいつも私のそばにいました
友達 兄的存在 私を守ってくれていました すごすぎる心の存在感
家族の誰もが ミーちゃんに一目置いていました
今でも ミーちゃんは猫の姿を借りた 我々家族の守り神だったと思います
猫ちゃんを見る度に そんなミーちゃんを 追い求めてしまいます
異国の地を独り旅している時も 一番最初に友達になるのが 地元の猫ちゃんたちです

私の生活環境に これから先変化があるかな
我が残りの人生で もう一度猫ちゃんと 家族の一員になることができたら こんな幸せなことはありません
ミーちゃんを想い出し 少しシンミリしてしまいました

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お店からバターが消えちゃいました

2014-11-10 09:20:47 | のほほんの記

久しぶりにパンプキンパイを作ろうかと
昨日 いつものお店でバターを買い求めるべく出向いたのですが 
1個もありませんでした
系列店でも 全く入荷なしだそうです
パイ生地は相当量のバターを消費しますので 
あっさりあきらめました
なにしろ カボチャも異常に高く感じます

世界の食料を食べつくす 
○国とニュースでは えげつない表現をしていましたが
そのことも一因であることは確かでしょう
我々は自由な競争社会に生きています
気持ちを切り替え
たっぷりの新米が手元にあるので
美味しいおにぎりで 食の楽しみを 得るとしましょう
私はそれで 充分満足です

娘が 母ちゃんのパンプキンパイが無性に食べたい 送ってほしいと
健気なことを言うので その気になったのですが 
娘の仕事も少し大変な状況らしく 
元気づけの意味あいもありました
田舎の 能登米5㎏で 元気になってケロ
土鍋も娘にプレゼントをしましたが まだ使いこなせないらしい
ガンバ!
娘は信頼する先輩が起業した会社で 
スタッフの一員として働いています
地元活性化の為に出身地に戻って活動を続ける先輩に 
娘も東京を離れついて行きました
今が正念場ですね
大変だろうと思います
病気にならないでと祈るのみ
頑張っているのは 充分わかっていますので
パンプキンパイを食べさせてやりたかったなぁ
私が作るパイは とても美味しいですよ 堂々の自画自賛!


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雑な ま・と・め 心は次に

2014-11-10 03:11:08 | のほほんの記

  
旅に出れば いつもお土産をどっさり買い込みます
ほとんどが食品(笑)
いつもは芸術的(?)に並べて 記念の写真を撮るのに 投げやり状態
写真に入りきらない 
今回能登米を購入(20㎏) 
帰宅したら 知人より 魚沼産のこしひかりが届きました
ありがたや 我が家ではこれでお米は半年以上持ってしまう
なにせ旅の始まりから 私の体調が よくありませんでした
今も頭のクラクラで 眠れず ヤケクソで旅の整理と決め込んでいます
こんな夜中にねぇ~ 
クラクラしたら飲んでと 処方された薬を真面目に飲んでいるのですが 
全然効き目無しです トホホ

これ旅といいますか
主目的は ご先祖サマの墓参です
不謹慎ですね
着いてすぐ 帰りもちゃんと 墓前に手をあわせること 真摯にしています 

珠洲焼を見る為に珠洲市に(11/2)
その前に 市の観光スポット見附島へ 子供の頃軍艦島と呼んでいました
数年前(記憶が・・・)娘と2人で 能登旅行をしましたが その時に訪れて以来です
人生で4度目の 軍艦島です
瞬間の晴れ間をネラッテ・・・ 前後どしゃぶりの雨でした






この後 父ちゃんは 海にポチャリンコ カメラと携帯は死守 
シャッターチャ~ンス!も残念 撮りそこねました 


見たか!? 
しかと見たぞよ


そうだ高山のこともね 最後になってしまいました
(11/1)この日も雨ばかりの 一日でした
日本全国 今はどこでも アジアの方が多いのに 
ここはヨーロッパからの観光客が 沢山訪れて下さっていました 嬉しいですね



せっかくの連休なのに 雨で(?)有名な朝市も 人が全然いません
活気がなく寂しい限りでした
高山も 冬に訪れると これまた 独特の日本の美が 味わえるかと思います
日本ていいなぁ~ だーい好きです
暮れは 琵琶湖 京都 熊野古道を予定しています 
どうしましょう 完全に目が覚めました
夜中に 不気味な おばさんです
でも おやすみなさい 寝なきゃ・・・

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駆け足の人生

2014-11-09 15:13:27 | のほほんの記
のんびり進みたくても私の意思に関係なく 
車椅子に乗った自分が
誰かに背中から強く前にドーンと押し出されている 
自分の中の一週間はそんな感じで過ぎて行く 
ほんの数日前の事が 随分遠くに感じる
ブログに 心旅を綴ろうと気持ちを構えるも 気が抜けてしまい 
もうどうでもいいじゃんと思ってしまう 
ただの自己満足にしかすぎないのに・・・

でもそうなのだろうか・・・

私は少なくとも 
多くのブロガーさんに 興味を持ち 感動し
人間ていいなと思うし
同じ時代を生きる者同士 生きることを享受しあいたいと思う
ブログを通して
自分もそう思われる人間でありたいと思うし
そう卑屈にならずに
自分の様を知ってもらうのもいい事だと思う
今の時代に生きているからこそ 
ブログの世界に 
自分の存在を顕示でき 己の存在を認識できるのだから

何か悩みがありますか・・・
上を見ても下を見ても キリがないのが人生
だから 淡々と前に進むしかありません

人生に悔いがありますか・・・
人に必要とされる 人サマに役立つ仕事を生業としなかったこと かな

幼きころから なんと 好き勝手に 自由に生きてきたことか
今さらながら 学びの浅きを 悔いる日々です
もたもたオロオロしていたら また誰かにドーンと 背中を 押されました
シッカリセイ! 私


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一輪挿しのルーツ

2014-11-09 06:20:33 | のほほんの記
旅に出れば 必ずその土地の焼き物に心惹かれ 
記念に品を買い求めます
観賞用ではなく 生活品として買い求めるので 
高額な商品は買いませんが

一年に一度の 墓参の為の帰省時も それは変りません
車で何時間かけてでも その焼き物の地に向かいます
今回は 珠洲焼の地に 実家から車で2時間以上もかかりました
実は今まで珠洲焼の存在を知りませんでした 
正確には珠洲焼の名称を知りませんでした
私は人でも 物でも“個”に惹かれるので 
総体的なことにあまり意識がいきません

20年以上も前 実家に帰省した時 素朴なたたずまいの一輪挿しが 箱に入れられたまま置かれてありました その後も定位置に 帰省する度にそのままに置かれてあるので 私 親に断りもなくこっそり持ち帰りました
父は骨董品の収集家で 沢山の焼き物も収集してましたが 何か頂戴と言ったことがありません 言えない雰囲気なのです なので こっそり持ち出しました

話は飛びますが 兄家族が帰省していた時
兄嫁が 骨董品を並べ悦に入っている父に
「お義父さん何か下さいよ」と言ってしまいました
周りの家族は目が点に
見栄っ張りでエエカッコシイの父は「好きな物 持っていっていいよ」だって
兄嫁は 強欲権化に変身 顔がほころんでいます
かたっぱしから 品をかき集めています
他の家族は固まったまま動けません
それでも父はさりげなく 高額な物は これはちょっとダメだなと 抜き取っていましたが
四半世紀経った今も あの時の様は鮮明に覚えています

父が亡くなり その骨董品の行末 気になりませんか・・・
ちなみに私は一つも所持していません
これはもうすごい 小説が書けます
ブログで書くことがあるかな・・・
また 長くなってしまった
私の 心の吐露の場を 公にしつつも
なんじゃコレの私
読んで下さる方がいれば申し訳なく思いつつ 感謝です
こんな変てこな私に興味を持って下されば嬉しいかな 
素直に嬉しく思います 

珠洲焼の話をしていました
得意の横道に行き過ぎてしまいましたね
家からこっそり持ち出したのが 珠洲焼の一輪挿しだったのです
それは車で2時間以上もかけて会いに向かわせるほど心惹かれる魅力的な焼き物なのです
珠洲焼のウンチクは書きませんね 
ナガークなってしまいます
まだ 頭のクラクラが 治っていません
これ以上書くともっと支離滅裂になりそう

ここまで読んで下さった方 ありがとうございます
涙が出るくらい嬉しいです
ツカレタ

せまいニャァ~  読んで頂きありがとうございます
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白川郷

2014-11-08 09:59:30 | のほほんの記
  (11/1)










写真の取り込みを タッチョンポンで できないものか
本当はできるんだろうな
父ちゃんに 写真をPCに取り込む方法を 教えてもらったけれど 
あーして どーして こーしての作業は
せっかちな私には無理
タッ チョン ポンが 限界だぁ~
でも できなぁ~い ふぅ

昔の実家とそっくりな 庄屋サンの家屋を写真に撮ったつもりが みつかりませんでした
冬の 白川郷も 素敵だろうな
でも寒いのは苦手になりました
若き頃は 神風スキーヤーの私 冬山もいとわずだったのに・・・

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築150年の実家

2014-11-08 06:51:09 | のほほんの記
ニュースで民泊の特集が放送されていましたが
実家にも色々なところから 民泊の依頼が持ち込まれます
なにせ 築150年の古民家なのです
先日白川郷で 昔の庄屋の家を拝見しました
正しく私の記憶に残っている 実家そのものです
実家は何度もリフォームをしていますので 昔の面影は残しつつも 
居心地のいい生活空間になっています
僭越ですが 泊まりたいとの皆さんの気持ちがよく理解できます
姉はもともと社交的な人間なので 田舎に戻った当初は
来る者拒まずで 多くの人を受け入れてました
もちろん ボランティア精神そのもののおもてなしです
でも自分1人ではそのおもてなしもすぐ限界がきます
心身共疲れ果て お金の面でも大変な出費でした
今は友人 親族だけが 泊まるようになりました
表玄関は常に鍵がかけられています
出入りは裏玄関のみでするようになりました
姉は料理が苦手なので 宿泊客は 自分で料理をすることの 条件つきです
田舎で余生を静かに暮らしたいとの姉の思いは 少しは叶えられたでしょうか・・・
無理ですね
鍵をかけてしまったことで 周りからいろいろ言われたことも承知しています
姉がもどったことで 村が活性化し 村に大きな変化が起きようとしていたのですから
市の行政の必死さも伝わってきます
実家を手放すにも リフォームをしすぎましたから 中途半端な物件なのです
実家に対する想い入れもあるから複雑ですね
自由に静かに生きたいと思っても かくも難しい現実
姉が田舎に戻る決心をした時 その大変さが想像できるので反対をしたのですが 案の定です
民泊のニュースを目にし その裏にある思いに胸が痛くなりました
父ちゃんとニュースを見ながら
「お前 田舎で 姉ちゃんと古民家民宿やってみれば」だって
ナヌ! 人のお世話 料理も嫌いではありません 20歳若ければね
「もったいないなぁ~」とほざきながら 父ちゃんはゴルフに
元気なおっさんダワ

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37年振りの君

2014-11-07 13:37:03 | のほほんの記
わぁ~びっくりした
TVで37年振りに知人を発見
当時は やんちゃでつっぱりの役者青年だった
私の友人の飲み友達で 何回か私もその場に同席をしたことがあります
彼は 私の60年の人生で出逢った嫌な奴の1人なのです
尤も私の人生で嫌な奴だと思う人はほとんどいませんが
彼には強烈な 負のオーラがありました
アヤツは 悲惨な人生を歩んでいるに違いないと 想像していましたが
TVで見る彼は 良い意味で 普通の人になっていました
表情も素敵に枯れています
彼の人生で 結婚の選択は なしと思っていました
あのささくれだった精神は 素敵な女性と出会って 変ったのですね
と言うか 彼は案外普通の感性の持ち主で
彼が私の前で負の人間を演じていたのかも
今も役者稼業のようですから 彼の演技力は相当のレベルなのでしょう
彼の演技を一度も拝見したことがありません
今になって思いますが 私はだまされていたと そんな気がします
結婚生活が30年とは “負”の彼ではそんな30年も無理だと思うからです 
TVに映る奥様もとても素敵な女性
どちらにしろ めでたしめでたしだワ
私の事など覚えていないだろうな
いつもケチョンケチョンに 彼にいじめられていました
それよりも
飲み友達Dの消息が不明
コヤツも今思えばひどい人間だった
世の中には色々な人間がいるものだと 貪欲に人との出逢いを楽しんでいた私です
せまいニャァ~
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