地元の自治体による災害支援ボランティアバスに参加し、
4泊5日の活動を終え、昨日5月1日に戻ってきました。
TVなどでも報道された、大きな漁船まで打ち上げられた港近くの被災地
漁港にあった燃料タンクが倒れ、流出した油に火がついて大火災が発生するも
消火活動ができず、
三日三晩燃え続けるのを、ただ茫然と見ているることしかできなかったそうでした。
燃え残ったのは、金属類ばかり、1月以上たって錆ばかりが目立っています。
そんな中で、火災にもあわず、津波にも流されなかった家屋が
ポツンと建っているのも まさに奇妙な景色でした。
いまだ手づかずの瓦礫の山が広がり、未だに捜索が行われています。
荒涼とした一面の瓦礫の中にでみつけた家族の安否を知らせる立て看板
津波がくるまでは、ここで普通に生活が営まれていたとは信じられない思いでみつめてました
この地域では、すべての電柱がこうして倒れています。
誰が置いたのか、手先の折れた恵比寿様の置物が置いてありました。
地獄のような被災地のすぐ隣には、普通の生活風景が・・・
いまだに捜索されていない被災地。 人間の手だけでは到底無理
この地域は、いまだに自衛隊と警察による捜索が続けられているため
一般の立ち入りが禁止されています。
地盤沈下によって、満潮時には冠水することもあるとのことで
気仙沼市によって買いとられ、今後一切の建物は建てられなくなるとの話でした。
こちらも捜索前の被災地 いつまでこの状態が続くのか
港から離れた空き地にも、手つかずの瓦礫が
到着時には、いまだいたるところで見られていた光景でした。
自治体が撤去してくれる瓦礫は、道路沿いまで出されたものだけ
高齢者だけ、男手のない世帯ではどうしようもない状態
そうした個人宅で活動を開始
実は、これでも半日の作業を終えた頃
到着した時は、あまりの悲惨さに声も出せない状態で、
ましてや写真など撮れる心境ではありませんでした。
たくさんの写真も散乱していましたが、このお宅のものではないものばかり
どこから流されてきたのかわからない持ち主のない写真は
結婚式や入学式、遊園地に遊びに行ったものなどの記念行事のものなど
幸せに笑っているものがほとんで、とても正視することなどできませんでした。
大物の電化製品や、家具を道路際に移動してからが本番でした。
このお宅は、築100年以上の地域でももっとも古い家
箪笥の裏に、明治17年に購入したことが記されていましたが・・・
この家は、水位がほぼ背丈まできたらしく
被災後のひと月半で、おもだった家財道具を屋外に出したものの
床板は抜け落ち、家の中には泥が堆積し
畳が無造作に積み重なりながら散らばっているばかり
水を含んだ畳がどれほど手におえないモノなのかも思い知らされました。
約2日半の作業を終えた状態
母屋に、便所とお風呂場の別棟の小屋
昔は、牛を飼っていた農機具小屋、裏にある倉庫に薪小屋など
最初の2日は、我々だけのグループ6人で、
最終日の午前中は、更に10名を投入しての16名での大作業となりましたが
到着時からは想像もつかないほどの成果をあげることができ
そこそこの自己満足が得られたものの
母屋の中は、いまだに多量の土砂が残された状態のまま
継続するグループが作業を引き継ぐことができるのか
(被災家屋は無尽蔵にあるため、とりあえずの復旧を終えたら次の場所に移されるため)
はたして、壁は崩れ、床板も抜け落ちが家を修理して住み続けることができるのかと思うと
実際に、自分のしたことがどれだけ役に立てたのかとの疑問を
払拭することができなかったのも事実でした。
今回奈良ボラバスの第2クールの参加者です。
しかもブログ主さんの後を引き継ぎ、Mさんのお宅に入りました。
我々のグループも最終日までMさんのお宅で活動を継続し、第3クールに引き継ぎを行いました。
我々の段階では、裏の小屋の完全撤去、及び裏の薪小屋もMさんのリクエストにより撤去を致しました。
Mさんからは1つのニーズが終了すると
次のニーズを出され、我々も出来る限りMさんの為に今回の活動を費やそうと考え、むしろこちらからニーズを要求?した感もあります。
それでもMさんにとってはほんの束の間の支援では有るのですが・・・
第2クールのメンバーとは再会を約束しており、
もし入手出来れば、我々が最後に見たMさん宅の写真を送らせて頂きますね!
さらに、Mさん方の作業についてもお知らせいただきありがとうございました。
そしてお疲れさまでした。
次のグループにも引継ぎいただいたとお聞きして、とりあえず安心いたしました。
たとえ後片付けが済んだとしても、壊れた家屋のこと、塩害を受けた農地のこと、買ったばかりの車、そしてほとんど何も残されていない家財、農機具など、その後のことを考えると心が痛みますが・・・
さて、我々のグループは、メーリングリストを開設し、急遽、明日、第1回目の会合を開くことになりました。
バス単位で集まるよりも、いずれは今回のボランティアバス参加者の集まりができればいいですね
ちなみに、メーリングリストは、Googleでグループ登録しました。
名称は
”奈良市災害支援ボランテイァバス 第一クール”
よかったら参考にしてください。
私達は5/1からの第3クールで同じくMさん宅へ入らせていただきました。
前任クールさん達の作業のおかげで私達は散乱した瓦礫等の運び出し~畑などのゴミ拾いを主に行いました。
期間途中にMさんの息子さんとそのお友達も入りほぼ運び出しを完了する事が出来ました!
残すは、裏の材木小屋の材木や廃材のみ!
最終日に置き場や仕分け方法の確認をし、半日次のクルーと作業と引継ぎを無事終え帰還いたしました。
私自身、帰ってきてすぐに仕事があった為、ドタバタでじっくり考える時間もありませんが、この先もなんらかの関わりを持ち続けようと考えています。
情報発信よろしくお願いいたします!
さて、この場で開示してよいのかわかりませんが、ML(メーリングリスト)を開設しています。
情報交換、第1クールがどのようなことをしているのかご覧いただければと思い公表いたします。
freeml "奈良市ボラバス第一クール”
googleグループ ”奈良市災害支援ボランティアバス 第一クール”
メンバー限定にしていますので、メールでお問い合わせいただけばご招待させていただきますのでお気軽にご連絡ください。
是非、メッセージ送っていただくか、先にご案内したGoogleグループからでもご一報ください。
Westrollさんもいらっしゃいますし、できれば今後も支援を継続できるよう、情報交換をしたいと思っています。