又ブログが無くなりそうになりましたが、幸いにももどりました。
本当はキリンとか、亀とか、も入れるのですがー、又ブログが消えるのが怖いので、取り敢えず、連続して
かきました。
ブログが元へもどり、又つずけて、書きたいとおもいます。 只今冬の情景です。
私も書く楽しみが戻りました。またよろしくお願いします。 Ayappe
神戸文化ホールで開かれました。 ヴェルディはオペラを 26作曲しており、1893年 最後のオペラで、喜劇です。
ストーリーはファルスタッフというデブ老人が、金ずるにしようと二人の人妻に、全く同じ内容の恋文を送ります。
二人は激怒し、彼をとっちめる計画を立てます。洗濯籠に隠し、テムズ川に放りこんだりします。
悪漢なのに憎めないキャラクターです。「世の中は皆 冗談」「人は皆道化」と皆で言います。
今までのオペラのようにヒットメロディーもなく、歌い上げるアリアもなく、会話劇のようになり、
音楽は言葉に応じて独唱、合唱もリズムも途切れなく、変化していきます。
20世紀オペラの先駆けとなります。
各役者の歌声に感動し、ベルディのこの時代にはまり、私たちのコーラスの西尾先生を応援して
観劇出来たことの幸せを感じて帰ってきました。
万博公園の紅葉はもう始まっていました。
初めて お茶室でお抹茶を頂きました。 11月末にはお茶室の紅葉はもっと綺麗と聞きました。
逆光でとても綺麗でした。
巨木
蓮池近くです。
思ったよりも紅葉は進んでいました。行った甲斐がありました。良かったです。
「琵琶湖の水を京都に引く」は江戸時代から京都人の夢でした。
東京遷都から人工減少、産業が衰退した京都を琵琶湖の水で再生させる。
創健者 北垣国道(知事)、技師 田邉朔朗(東大工学部 卒論に琵琶湖疏水)のお二人を中心に尽力がそそがれました。
疎水の入り口 奥に閘門(こうもん)の扉が見える 閘門 水位が下がり、疎水の高さになる
閘門が開いて奥に代1トンネルの入口が見える 扁額 伊藤博文 気象萬千(様々に変化する風光は素晴らしい)
第一トンネル 2,436m 重機もない時代で、手掘り。立坑も掘る。
山科で下船 蹴上駅まで歩く途中で、水力発電所(1892完成)
洞門 扁額 当時の方々の心意気を感じる
北垣国道 (京都府知事)創建
明治18年(1885)田邉朔朗 工事責任者となる
明治21年(1888)工事が始まる 田邉朔朗米国コロラド州へ水力発電の視察に行く
明治22年(1889)第一トンネル2,436m 第3トンネル(849m)貫通
明治23年(1890)完成 田邉朔朗28歳
明治35年(1902)第2疎水建設開始(暗渠)
明治45年(1912)第2疎水完成
疎水と呼ばれても、地上であったり、暗渠であったりする。
たまたま予約が取れなくて、山科で下船したおかげで、紅葉も楽しみました。