アユ母日記

東日本大震災
平成23年3月11日
あの日から会えなくなったアユと凛へ
思いが届きますように

こりままちゃん ブログにて

2014年10月02日 | 東日本大震災の事
仲良しのこりままちゃんが
書いたブログの言葉が頭の中に残った。

リンクの仕方がよくわからなかったので
そのままコピー文で載せます。





はじめて遺族会にいった時、お子さんを亡くされて7年経たれた方に『七年経てば気持ちは少し楽になれますか?』と聞いた。

今思えば答えなんてわかりきっているだろうに、
その頃はなんでもいいから、誰でもいいから、このつらい現実をどうにかしてほしくて、どうにかする手段をおしえてほしくて。

ただ『助けて』ほしくてバカな質問をした。

その方は笑いながら、
『かわらないわよ。なんにも、何一つかわらない』
と言った。

それを聞いて、ああやっぱりなと、すとんと思った。
と同時にどんなにつらくても、限界まですりきれていても、
人は生きていくんだなと思った。


誰も、なにも、助けてはくれない。
あくまでも自分で、自分だけで『折り合い』をつけていくしかないことを知った。


『私たちは泥水が入った容器みたいなもので。
時間が経てば沈澱して、水は澄むでしょ?じゃあ泥(悲しみ)はなくなったかといえばそうじゃない。何かのひょうしにまきあがって、あっという間にまた水は泥水になるよね。
決して泥は溶けてなくならない。悲しみは決してなくならない。
でも水が澄んでいれば、知らない人からはなんにもなかったのと区別はつかないよね。泥は足元にずーっとあり続けるのにね』

遺族会代表の田中さんの言葉。

ああ、なるほどな、と思った言葉。

時間とともに沈澱する泥。
はたからみれば澄んだ水な私。

でも何かのひょうしにあっという間に泥水になる。

一歩踏み出せば、足元の泥に足をとられて動けなくなる。

でも、それでも。

人は生きれるものなんだよね。

どんなに泥にまみれても、前がみえなくても、

生きれるものなんだね。


人間は思っている以上に頑丈で。

生きれるものなんだよね。

最近『生きれている』不思議さに、
自分の頑丈さに、
きょとんとして、笑いがでちゃいますよ。

人は、
ワタシは、

本当にツクヅクだ




私も同じく
笑いが出ちゃう位 頑丈

本当に……

なるほどな……同感
コメント (2)
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