1年は3月11日で終わり
新たな年が3月11日から始まる。
10年
こんなサイクルで過ぎてきた。
10年が過ぎた感覚はないですけどね。
今年も
また始まった。
そんな感じ
すごいエネルギーを使ったから
疲れて
疲れて
疲れて
まだ疲れ抜けない。
昨日は頭痛で爆睡
でも抜けない
また
少しずつですね
と
自分に言い聞かせて…
10年を感じさせるモノ
10歳だったくーちゃん
今や20歳の女子大生で
昨日はみんなから
「くーちゃんの成長が10年を感じさせる」と言われた。
一番目に見える成長ですものね。
お酒も飲めるし
車の免許も取ったし
大人なんだよ…
そんな姿をアユに近くで見せたいな
といつも思う。
ゆう君からも
「しゃべりにアユが入ってる」
と言われ……なかなか毒舌ブリ発揮のくーちゃん
どこのDNAなモノやら
アユに比べたら
まだまだ子どもですけどね…
アユはもっとしっかり者のお姉さんだったから
くーちゃんがアユに追いつく日は来るのだろうか…
アユを追い越してほしいけど追い越してほしくない。
昨日は
早朝からバタバタの一日でした。
慰霊碑に行って
追悼式
海献花して
アユの大好きなにゃりんのお墓参り
新聞記者さんが付いてくれたのですが
昨日はなんだか上手く答えられなかった気がします。
アユと凛になにか言葉を……
と言われて
昨日は出てこなかったけど
「ありがとう」だ
私の娘で生まれてきてくれて
「ありがとう」
孫として生まれてきてくれて
「ありがとう」
大好きだよ。
「ありがとう」
だな……なんて
今頃思う。
いつか生まれ変わっても
またアユの母で
凛のおばあちゃんになりたい。
10年目の3月11日になってしまいました。
酒田の揺れだけでも怖かったのに、アユと凛はどれ程怖かった事か……それでも6ヶ月の凛はアユの腕の中で「泣いてなかった」と、アユと凛と最後まで一緒だった人が言ってくれました。
生きたかった。生きるはずだった。
アユは最後まで凛を離さず守った。
そんなアユと凛を今も誇りに思っています。
たまたま我が家に降りかかってきた災害
悲しすぎる出来事で、今も夢であってほしいと思います。
でもこれは、誰にでも起こりうる事だし、子どもは成長したら親元を離れて、そこで被災するかもしれない。
旅行に行って知らない場所で巻き込まれる事もあるかもしれない。
災害だけじゃない。事故や事件に巻き込まれるかもしれない。
誰にでも、どこでも起こりうる事だと思います。
あたりまえの明日は誰にもない。
誰もが自分の命を守れる人であってほしい。
家でも車でも、モノはなくなっても何とかなるけど、命は違う。
命を守る、命が大切だ。とみんなが命の大切さを語れる1日であってほしい。
3月11日は被災した人や場所を「大変だね」「今はどうなった」と見物する日ではなくて
この日が災害を伝える特別な日でもなくて
みんなが自分の事として考え
命の大切さを見つめる日であってほしい。
3年経つと悲しみは薄れるよ
と言われた事がありますが、そんな事は全くない!
10年経っても我が子の悲しみは薄れたりしないし、悲しい気持ちも苦しい気持ちも深く大きくなる。
悲しみに「節目」などない。10年目は「節目」なんかじゃない。
生きている子どもと同じ。今も抱きしめる。
会いたい…
今から女川へ
行ってきます。