
この小説は昔、NHKで少年ドラマ化されたことがある。
そのドラマ、私はリアルタイムでは見ていなかったが、近年DVD化された時に購入し、見た。
ドラマがDVD化された当時、かつてのNHKの少年ドラマが次々とDVD化されていたのだが、私は少年ドラマそのものをリアルタイムで見た覚えがあまりない。
だが、少年ドラマに熱中したことのある人が周りにけっこういたし、評判も上々だったので、遅ればせでもいいから何本か見たい・・・と思って、何種類かの少年ドラマDVDを私は買ってみたのだった。
そうしたら、本当にどれも面白くって。
中でも、「つぶやき岩の秘密」の面白さは、トップクラスだった。
はっきりいって、「つぶやき岩の秘密」の少年ドラマ版は、大傑作だった。
ドラマの出来もいいし、主題歌がまた最高だった。
なので、いつか原作小説版も読んでみたい・・・と思っていた。
だが、書店で中々原作本を見かけなかった。だから、いつしか原作小説の入手は諦めていた。
ところが、最近何気に書店に入ってみたら、文庫本のコーナーで、この小説版が山積みされているのを発見し、衝動買いしてしまった。
そして、読み始めたら、グイグイ引き込まれていった。
基本的にドラマ版と物語は同じだし、結末も知っていたにもかかわらず、小説版は小説版としてどんどん読み進み、一気に読み干してしまった。
結論としては、ドラマ版同様に、小説版も傑作だった。
ただし、ドラマ版は、小説版とラストの「オチ」のつけ方を多少アレンジはしていたことがわかった。だが、根底に流れるスピリットは同じなので、ドラマの「オチ」のつけかたには、個人的には全く違和感がなかったことも分かった。
それどころか、ドラマ版は、この原作をしっかりとリスペクトして作られていたこともわかり、あのドラマの制作スタッフの心意気に今更ながら拍手を送りたくなった。
作者の新田次郎さんは、山岳小説などに傑作を多数残している方で、少年向け小説と言えるのは、この作品だけだともいう。
でも、そのたった1作品が素晴らしい。
で、作者がなぜ少年向け小説を書いたかというと、自分の孫に、「これはおじいちゃんが書いた少年小説だ」と自慢したかったかららしい。この作品を通じて、孫に伝えたいことがあったのだろう。
何が伝えたかったか・・・というのは、この作品での紫郎少年の行動を見ればわかる。
紫郎は、戦国武将・、三浦義澄の子孫であるという設定だ。
紫郎は、そのことを誇りにしており、心の支えでもある。
で、三浦義澄とはどんな武将だったかというと、「敵に後ろを見せない強い大将」だった。
つまり、困難から逃げない。困難に立ち向かう、強い武将だ。
それこそが、紫郎のアイデンティティであり、心の中にあるポリシーであり、生き方のテーマだったろう。
つまり、作者は孫に、「困難があっても、立ち向かえ。そして、強く生きていってほしい。」という願いがあったのだろう。その思いが、この作品にこめられているのだろう。
ドラマ版を先に見ていたので、読みながら、ドラマの1シーン1シーンや俳優たちの芝居を思い出しながら読み進んだ。
読み進むたびに、ドラマのシーンが蘇ってきた。
この作品の主人公・紫郎は、同年代の少年たちとかほとんどからまず、もっぱら大人と関わる。
関わるとはいっても、ヒントや助言や協力をしてもらうだけで、基本的には独力で物事を成し遂げる。
登場人物としては、少年は、紫郎1人しか出てこない。
設定的には、両親が海で亡くなっているので、悲しい境遇の少年なのだが、紫郎の活躍を見てると悲壮感はない。
むしろ、1人で困難に立ち向かっていく姿に、すがすがしさを感じる。
この小説の中で、私が好きなのは、少年が「僕は、誰とも戦ったりしなかった」と言うセリフ。
少年の命を狙う悪役もいたにもかかわらず、だ。
かといって、事なかれ主義というわけでもなく、しっかり困難やピンチには立ち向かい、独力でなんとかした。
そんな点が好きだ。
また、終盤、白髯さんが紫郎に伝えたメッセージも、強く心に残った。
本当は金塊のありかを君に教えたい、だが、手に入れるためには、それなりの苦労をしてほしいのだ、そしてそれを克服して、手に入れてほしい・・・というくだりは、色んな思いがこめられていて、読んでて染みてきた。
ここなどは、新田さんから孫への・・・そして全ての読者へのメッセージのようにも思えた。
物語は、途中までサスペンスタッチで進み、終盤は謎ときの冒険になる。
登場人物は少ないので、登場人物の相関関係も把握しやすい。
ヒロインともいえる恵子先生は、ドラマの中でも非常に魅力的だったが、この小説の中でも非常に魅力的。
優しいし、生徒思いだし、先生ならではの厳しさもあるし、かと思えば時には先生という立場を超えてしまうような大胆な決断もする。
紫郎にとっては、信頼できる先生でもあり、時には優しい姉や母親のように心配してくれたり、臨機応変に見守ったり、助けたりもしてくれる。
よき相談相手でもあり、何かあった時は頼りにもなる。
もし私が紫郎だったら、この先生は、かなわぬ初恋の相手になってしまったかもしれない(笑)。
あ、もちろん、この物語の中で、紫郎と先生は、そんな展開にはならないので、念のため。
あくまで、先生と生徒である。
紫郎少年は、この小説の中で、自力でものごとを解決していく過程で、独力・自立という意味で大きく成長する。
考えてみれば、最終的に自力で困難に立ち向かい、なんとかしなければいけない・・というのは、登山でも同じだろう。たとえ仲間がいたとしても。
新田さんが山岳小説に傑作を残しているということを考えれば、この少年小説にも同じスピリットが流れているといえるのではないか。
少年時代に、たった一人で謎と困難に立ち向かい、危険に遭遇し、冒険し、目的を達成した紫郎は、その後どんな大人になったのだろう。
物語に出てくる白髯さんは紫郎に自分の心残りを託した。きっと彼も、紫郎の未来が楽しみでしかたなかったことだろう。
紫郎のその後を、想像してみるのも、楽しい。
紫郎が、その後どんな成長をして、どんな大人になったかを。
この「つぶやき岩の秘密」という小説が、10代~20代前半ぐらいまでのヤングアダルトと言われる世代をメインターゲットにした、ジュブナイル小説の名作であることは、間違いない。
そう断言したい。
ドラマ版を見たことがない方はもちろん、ドラマ版を見たことがある方にも、面白いだろう。
一気読みしてしまう人も、多いだろう。
こんな小説を、もし電車の中で読んでいたら・・・・自分の降りるべき駅を乗り過ごしてしまいそうだ。
そして、自分が降りるべき駅を乗り過ごしてしまったことに気付いた時、自分の乗っている電車がどこへ向かう電車であれ、このまま三浦半島に向かうことができたら、どんなにいいだろう・・・と思うかもしれない。
三浦半島・・・・そう、それは、この物語の舞台となった場所だ。
三浦半島のあの場所が本当にあったとしたら、三浦半島の海は、そしてあの岩は今は何をつぶやいているのだろう。
潮の満ち引きにさらされて。
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