以前、能登半島の先端の方まで旅行した時、ふと立ち寄ったお土産屋さんで衝動買いした1冊。
部屋の本の整理をしてたら、出てきた。
これは、大正時代の教科書である。
よくこういうものが土産物屋で売られていたものだ・・・と思う。
こういうものが、例えばどこかのレトロショップや、大正・昭和博物館みたいな場所で売られているならわかるが、何気に立ち寄った「旅先の土産物屋」で売られていようとは。
値段は・・案外思ったよりも高く、定価1200円。
もちろん、これはこの復刻版の今の値段である。
この教科書が発行された頃と、今とでは物価が全然違うので、本来この教科書が発行された時代に1200円だったわけではない。ちなみに、リアルタイム発行された時代でこの教科書がいくらしたのかは、わからない。
ともあれ・・中身を見てて思うことは、「こういう教科書で、当時の子供たちは勉強していたんだね」ということ。
時代を感じる内容で、内容から言って、これは多分小学高低学年生用の教科書だったのだろうなと思う。
表紙には「尋常小学 国語読本 巻一」と書いてある。
国語の教科書だ。
中身は、ほとんどのページに挿絵があり、挿絵の横や上にカタカナの文字が書かれている。
どんな文字が書かれているか、少し抜き出してみよう。
「」内はどれも1ページ内に書かれてあるということで。
「ハト マメ マス」
「ウシガ イマス。 ウマガ イマス。 ウシトウマガ イマス。」
「アメガ ヤミマシタ。ヒガ テリダシマシタ。スズシイカゼガフイテ、ヨイココロモチデス。」
などなど。
中には、童話(というか、桃太郎のような昔話)
が挿絵と文章で数ページに渡って書かれてあったり、絵札みたいな小さなイラストばかりで1ページ使われてるページもあったり、カタカナ51音の表が書かれているページもある。その表では、ヤ行とワ行もそれぞれちゃんと5文字づつ書かれている。ちなみにヤ行は「ヤイユエヨ」だ。ワ行は「ワヰウヱヲ」。
今ならヤ行は「ヤ ユ ヨ」と表記され、ワ行は単に「ワ」だけだったりする。
ヤ行もワ行もそれぞれ5文字づつ書かれ、更に最後に「ン」が1文字加わるから、都合51文字になっている。
このへんは、時代を感じさせられる。
本の最後のページを見ると、
大正六年十一月 印刷・発行となっている。
発行所は、日本書籍株式会社。
ちなみに、本来の著作権は文部省。
で、それを、近年復刻したのが、これであろう。
ちなみにこの教科書がリアルタイム発行された大正6年というのは、西暦1917年。
第1次世界大戦の頃だ。
第1次世界大戦は1914年から1918年にかけての世界大戦だったから、この教科書は、第1次世界大戦の真っただ中だったことになる。
その戦争では、第2次世界大戦と違い、日本は大戦のメイン国ではなかった。
当初は参戦に慎重だったようだが、日英同盟のしがらみ(?)があったので、やむなく参戦せざるをえなくなった・・・という感じだろうか。
その後第2次世界大戦で、大戦の中心国のひとつになってしまうとは、この頃は想像してなかったのではないか。
そんな頃の教科書だったからか、この教科書の中身は戦争の匂いは感じない。きなくささや、勇ましいものも感じない。
けっこう穏やかで、平和な内容だ。
家族を思い、自然を慈しみ、生物を愛で、昔話を語り継ぐ・・・・全体的にそういう内容になっている。
日本古来の教育というのは、基本はそういうのが根っこになっていたのだろう。
そういうのが古来の日本人の本質であり、教育方針だったのではないか。
もちろん、時代時代によって、その時代との相関関係による「教育の違いや、大事にするものの優先順位の違い」はあったにせよ、本来は何を大事にしていたかという点は、共通していたのではないかと私は思いたい。
この教科書が発行されてから、1世紀という年月が過ぎた。
さて。今の教育は何を優先しているのだろうか。
古来から日本人が教育の根っこの中で大事にしていたもの、今も大事にしているのだろうか。
今の優先順位を未来につなげていくのだろうか。
心がささくれ立つような時に、こんな本を目にすると、考えさせられる。
こういう本から何か思い出せるものがあるなら、それはきっと悪いことではないのだろう。
なかなか穏やかな気持ちになれない時期というものは、ある。
でも、そんな時でも、心のどこかに、残しておきたいものもある。
当時の教科書も、そうした時流の影響があるかもしれません。
私も、第二次世界大戦以前における日本の教科書は読んだことがあります。
中でも国粋主義が顕著に感じられた教科書は、何と「漢文」です!!
だんぞうさんもご存知かもしれませんが、当時は「國語」と「漢文」は、別々の授業でした。
日本現代教科書で「漢文」と謂えば、『論語』『史記』『唐詩選』など、当たり障りが無い物ばかり…。
1つの特定思想に束縛された教育や教科書など、絶対反対ですけどね。
だんぞうさんが巡り会った理想的な時代の、理想的な教科書には、「小説」「随筆」などは載っていませんか?
私としては芥川龍之介を期待したいのですが、大正6年は彼が文壇デビューして、ほんの2、3年です。
よって、まだ教科書には登場していないでしょうね。
高校では、国語、古文、漢文の三種類の授業にわかれていました。
古文では、徒然草や方丈記などを学び、漢文では当然中国文学が題材でした。
四面楚歌の逸話や、杜甫や李白の漢詩などは印象的でした。
四面楚歌に関しては、大人になって史記の項羽と劉邦の物語を読んで、バックボーンがよくわかった覚えがあります。
私が学校で使ってた教科書に関しては、今では覚えてる内容はごくわずかです。
昔このブログで取り上げた「一匹たりない」の逸話は印象的でした。
確か小学校一年か二年の国語の教科書だったと思います。
芥川龍之介の作品もあったような気がします。
ぼくの家にも、大正時代のころの小学生の国語教科書(復刻版)がありますよ。
確かに、、、、、、
先入観無しで、、、、、、
この頃の教科書を見ますと、非常に良質だと思いますね。
当時の国民教育を見ますと、将来の社会を担う児童をたいせつにする、という
精神に溢れていたと思います。
翻って、今の小中高等学校の教科書で、百年後に『復刻版』を出すだけの値打ちの
あるものは、果たして有るでしょうか???
内容から言って、小学校低学年用の教科書だと思いますが、こういう教科書で勉強した子供たちが昭和の第2次世界大戦に巻き込まれた時、どんな気持ちだったのかなあ、、、などと、私はつい考えてしまいました。
最近の教科書は私は読む機会がないのですが、将来復刻されるに足る教科書であることを願ってます。