房総半島の南端、野島崎灯台を後にした私は、タクシーの運転手に、自分が立ちよりたい場所を伝えた。
この日私が泊る宿は岩井にある。
館山から岩井に向かうルートの途中では、里見八犬伝関連の場所が何か所もある。
延命寺、滝田城跡、里見の古戦場・墓。伏姫の龍穴。
そして、富山、などなど。
このうち私が絞ったのは、滝田城跡と、伏姫の龍穴。
富山は、翌日の楽しみにしておいた。
延命寺に関しては、スルー。
滝田城跡へのルートは、ちょっと分かりづらい感じだった。
田園風景の中の細い道をタクシーは走り、やがて滝田城跡への登山ルートの入り口に到着。
だが、雨がだんだんひどくなってきており、いっこうに小ぶりにならなかった。
むしろ、どんどん本降りになっていた。
タクシーの運転手いわく、「こりゃ、滝田城跡に登るのは危険ですよ」。
滝田城跡は、山に入り、ちょっとした登山道を昇っていくルートだ。
だが、かなりの雨の影響で、道がぬかるんでいるので、足を滑らせる可能性がある・・とのこと。
降り続く雨の様子を見ていて、私は「こりゃ、もしかしたら滝田城跡に登るのは無理かも」と思い始めていた。、
登山道の入り口に辿り着く前に、山の上のほうになにがしかの建造物が見えた。おそらく展望台だろう。
滝田城跡は、伏姫や八房のブロンズ像、展望台、遊歩道、などがある八犬伝スポットだ。
また、史実面でも、里見義豊の城だった。里見家の内紛による同族対決の合戦が城下であった場所でもある。
私にとってのこの旅行では、八犬伝関連では龍穴や富山と並んでメインの場所として考えていた場所がこの滝田城跡だったので、いざ登山口に着いてみると、勢いを増す雨の中でも登ってみたくなってしまった。
簡単にはあきらめたくなかった。
登山口の前に停まった車を降り、目の前に滝田城跡に続くルートへの最初の階段を見た時、ついついその階段に近づこうとして歩きだしてしまった。
↑ 奥に階段らしきものが見えている。そこから登山道に入ってゆくのだ。
だが・・土や葉っぱがぬかるんでいたために、その階段に近づこうと2~3歩歩いた瞬間に、ぬかるみに足をとられて、泥の中にズブッともぐりこみ、転んでしまった・・。
濡れた泥が手の平にべったり付いた。靴は泥まみれ。Gパンにも泥の断片がいくつも・・。
こりゃ・・・とてもじゃないが、無理だ・・。かなりの雨のせいで、あまりに足場が悪すぎる。
こんな状態がずっと続くようでは、とても山道を昇っていけない。
両手の平にべったりついた泥の山を見て、一瞬にして心が折れてしまった。
タクシーの運転手が言っていた「この天気では、ルートはずっとぬかるんで、危険です」という言葉は・・・正しかった。
結局、滝田城跡には、そこに続くルートの最初の階段にすらたどり着けなかった・・。なんということだ・・。
もしも、泥だらけになりながらも、無理してそのルートを進み、登って行ったとしても、途中でまた足を滑らせそうなのは、明らかであった。
それが山の上の方だった場合、さらに危険な気はした。
悔しさ、残念さ、未練、などの思いを感じながら、滝田城跡に登るのは・・・断念した。
この雨のせいで、八犬伝スポットのメインの場所のひとつが、旅行のプランから脱落してしまった・・。
仕方ないので、そこにあった看板の写真だけ撮って、その場所を後にするしかなかった。
↑ 晴れていれば、滝田城跡へのルートは、たいした距離じゃなさそうなのに。
これはもう・・・本当に残念だったし、悔しかった。
伏姫が、「わらわは他の場所にもおる。こんな天気の日は、ここはやめておきなさい。危険じゃ。」とでも私に言ってるかのような気がした(?)。
さて、滝田城跡を断念したので、予定ではスルーするつもりだった里見家の墓地や、古戦場跡に立ち寄ってみようと思った。
一応看板はあったものの、けっこう分かりづらい。
でも、観光タクシーのおかげで、迷わず到着。
そこには、八房(犬)と、八房を育てたタヌキの像があった。
像をまじまじと見ると、八房が凛々しい。
八房を育てたタヌキは、一応親代わりとはいえ、大型の犬と、普通のタヌキでは体格差は歴然。
この像は、古戦場跡の奥にひっそりとあった。
古戦場は今ではただの田園風景。
↑ 古戦場付近。
かつてその一帯で里見氏は同族同士で戦ったらしい。本家と分家の戦いで、なんと分家が勝ってしまったというから、なんとも複雑な展開・・。
このへんに里見氏の墓があるようだが、なんとなく墓のほうに行くのは気がひけたので、私はその場をそのままそっと後にした。
で、向かうはいよいよ「伏姫の龍穴」である。
到着してみると、入り口が立派な門になっていて、神域のような雰囲気が漂う。
門前には、駐車場らしきスペースも。
この門の近くには、富山への登山口もあった。
↑ 富山登山道、入口。
門をくぐるとすぐに階段。で、その階段はしばらくずっと続く。ルートはちょっとした山登りなのだが、階段が整備されているので、登山という感じはあまりしない。
でも、その階段、思ったより長く続くので、少し疲れてきた時に、伏姫舞台が現れる。
八角形の形をした舞台で、八角というのは、八犬士にちなんだものだろう。
そこにはベンチもある。そのベンチに座って休みたいところだったが、雨のせいで濡れており、休むこともできない。まったく、雨の奴め・・。
その舞台に到着すると、事実上「伏姫龍穴」には到着したも同然。
というのは、その舞台の山側の奥に、龍穴があるからだ。
そこには小さな扉があり、その扉の奥には石をくりぬいて作った細い階段がある。
そしてその階段の向こうに、穴が見えている。
で、その細い階段を登ったところに・・・・伏姫の龍穴そのものが・・あった。
↑ 階段を登りきった場所の左側には龍穴があるのだが、その横に・・位置的には階段の正面に石碑みたいなものが。
↑ 階段を登りきったところで、振り返ってみた。
龍穴は、ちょっとした洞窟みたいになっている。ちょっと不思議な雰囲気を感じた。
中には白い球が設置されていた。
話によると、その球は伏姫をイメージして作られたものだそうな。
フラッシュをたくと、穴の奥まで見え、奥の方には八犬伝の剣士のシンボルといもいうべき、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の球が置かれているのが分かる。
伏姫の背後で、八犬士が伏姫を守っているかのように。
物語の中では、この穴の中で伏姫と八房は潜んでいたことになっている。
そして、両者の終焉の地でもある・・。
里見八犬伝は空想の物語で、伏姫もまた架空の人物。なのに、ここではまるで伏姫は実在した人物みたいな感覚になるし、八犬伝そのものも事実を元にした伝記みたいな錯覚を覚えてしまう。
架空の物語と、現実がここでは一体化しているかのようだ。
伏姫が架空の人物であることを考えると、この穴は誰が何のために掘ったのだろう。
実際にその穴はこうして実在しているわけなのだから。
こうして現実にある以上、この穴は何かのために掘られたのであろうし、何かの用途に使われていたのだろう。だとしたら、そのリアルな存在理由は???意義は??
空想と現実を交差させて想像していくと、この穴はなんとも謎めいた穴に思えてならなかった。
ただ、言えるのは、神秘的な雰囲気であふれているようには思えたし、これもまた神域のひとつにも思えてならなかった。
そんな思いを胸にしまいこみ、私はそろそろ宿に向かうことにした。
伏姫龍穴の門のそばにあった「富山への登山道」を行くのは、その日の雨模様からいってやめておいたほうが良さそうだった。
その日の朝にテレビで見た天気予報では翌日も雨らしかった。
このままだと、富山への登山も実現しないまま終わる・・・そんな可能性を考え、落胆しながら、とりあえず宿へ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます