みなさんは、現在も金沢付近で走っている食パン電車と言う形容がぴったりの電車が走っているのをご存知ですか?
以前は、米原までやってきた前後で顔が違うと言うとんでもない電車でしたが、九州と仙台の仲間は早々と【こちらは交流専用でしたが】姿を消し、JR西日本の車両だけが生き残ったと言うわけですが。
この電車が、元々特急電車であったことを知る人はどれくらいいるんでしょうね。
鉄道ファンの人なら知っているでしょうけどね。
でも、この電車が当初は3年、長くても6年使えればいいと言われて誕生したと言う話になるとどうでしょう?
実は、この電車国鉄改革の狭間で生まれた鬼っ子なんですよね。
時は昭和57年、国鉄の赤字は留まることを知らず、何度も再建計画なるものを作るのですが結局最後は絵に書いた餅状態で、まとまらない。
業を煮やした政府は、抜本的な改革を目指して、国鉄に対して大ナタを振り下ろします。
1.投資は極力しない
2.新規採用もしない
3.合理化を進める
などと言った約束を国鉄に対してさせることとなります、このあおりで国鉄に入社しそこなったものが最低1名います。
何を隠そう、隠してないって・・・・黒猫1匹、元々猫なので採用は難しかったかも。
ということで、これに基づき当時新幹線の開業で余剰となった583系もその対象となりました。
583系の場合、昼夜を問わず運行していたことから、昭和50年半ば頃に電気機器の全面的な更新工事を受けていたので、電気的にはほぼ新車だったんですよね。
ですから、余剰→廃車とは行かなかった事情もあって、老朽化した客車の置換え用電車を583系の改造で賄うことになったのです。
当時の国鉄は、まさか分割民営化まで本当に行くとは予測していなかった節があり、いずれ改革の方向が示されれば、新しく投資も出来ると考えていたようで、583系の改造電車については、極力簡易な改造で済ませることが厳命されました。
ですから、改造当初は洗面所付近は洗面設備を撤去せずにその上からカバーをかけただけ。
寝台設備についても、上中段が降りてこないように固定するだけ、下段は当初固定していなかったので、寝台にする輩が後を絶たず、すぐに引き出せないように改造されたとか・・・。
でも、考えたら普通電車で寝台になったらいいよね、酒盛りも出来るし。
ドアは、1箇所だと流石に具合が悪いと思ったのか途中の窓をぶった切ってドアを増設、さらにローカル輸送がメインなのでということからか、デッキを撤去。
おかげで、大変バランスの悪い?電車が出来ました。
さらに、デビュー当初は419系はワインレッドの心に白い帯と言ういでたちで何とも不思議な感化でみさせていただいたものでした。
考えてみれば、JR西に帰属した419系は59年の投入から考えると24年になるんですよね。
現在の419系は洗面所があった付近も完全に撤去されていますし、上中段の寝台も撤去されているようですが、あれほど素敵な?食パン電車は今後出てこないのではないでしょうか。
さらに、419系は国鉄始って最初で最後の特急格差下車でした。
もうこんな電車、2度と誕生しないだろうなぁ。
今日はかなり真面目な、それでいて話が余りいろいろ飛びませんでしたね。笑
あすからは、再び寝台特急の深夜便、復活です。
先日は幣掲示板へ投稿くださり、ありがとうございました。
「食パン電車」は、北陸線ではまだ見られますね。
ヘンテコ(決して悪い意味ではなく)な車内ですね。
私は新潟市に住んでいますが、直江津駅まで行くと「食パン電車」が顔を出しているのが見られます。
新潟県内の東日本エリアでは見られませんから、ああここから西日本エリアか、というのを実感します。
西日本というと飛行機で伊丹までというイメージがありますが、直江津駅であの顔を見ると、そうか意外と近くまで西日本エリアなのか、ということを感じさせられるものです。
私も食パン電車は、親しみを込めて言っています。
切妻【鉄道用語で言うところの食パン】というよりも親しみもてますよね、
特に、クーラーの関係で屋上部分が平行になっているあたりが・・・。
新潟は、私は残念ながら行ったことがありませんが、弥彦線など訪ねてみたい所は山ほどありますので、必ずや覗いたいところの一つです。