墓石クリーニングの女

お墓と向き合うことで『大切なもの』を日々感じながら、あつく生きる女…それが、アタシ。

24年ぶりの遺品整理

2014年09月29日 | つぶやき
お彼岸に、母の遺品整理をしてきた。





母が亡くなって24年。
アタシもいつの間にか母が癌になった年齢になり、彼女と一緒に過ごした時間より、会えなくなってからの時間の方が長くなってしまった。

でもこの先何十年経っても、彼女の声も、彼女のお茶目な笑顔も、彼女の悲しそうな顔も、彼女の張り切ったドヤ顔も、彼女の焼いたシュークリームやタルトの味も忘れることはない。
そして、彼女を思うと、つい涙が出てきてしまう。

死ぬの早いよ・・・

孫の顔みるどころか結婚式すら出ずに、老後の温泉旅行も、アタシとの女子トークもなしで、親孝行もさせてはくれなかった。
それが残念でならないのだ。
アタシの愛する息子達と、彼女の思い出話を語り合うことができないことも寂しい。一度も会ったことが無いのだから。



ある邦画で、「亡くした大切な人を想うのに、場所も時間も関係ない。いつでもその人を思い出すことはできるなんて、素晴らしいことだ。」と言っていた。
そうだよね。
母の持ち物をこのまま眠らせておいても、母は喜ばない。
このまま、片付けないでいたら、いつか息子達が処分に困る時が来る。

ちょうど使ってくれる人と巡り会った。
だから、姉と話し合い手放すことに決めたんだ。



母が大腸を切除して人工肛門になった時、「これじゃあ着物着れないから、お茶ができないじゃない。」と言って泣いた。
お茶の先生をしていた母にとっては、なによりも大切なことが「お茶」だったんだね。
可哀想だった。



残念ながら、アタシも姉もその遺志を継いでお茶を習おうとはしなかった。

でもね、貴女が揃えた道具は、※「わらいふ」で誰かの役にたち、貴女の代わりにひなちゃんがお茶を教えて、有効に活用してくれるよ。
道具は使ってなんぼってアタシは思う。
喜んでくれるでしょう?



アタシも知らない着物や道具が押し入れから出てきて、こっそり購入していたのがばれたよ。
お茶碗も、着物の柄も、アタシと好みがピッタリ合うな~って改めて感じたよ。
どれもみんな保存状態がよく、あまり使用感も無かった。
大切にしまい込み、使わずじまいだったんじゃないかと思うと、今まで眠っていたこの道具がもったいない。
これからは、いっぱい使ってもらおうね、お母さん。




















凛としてキレイだね。お茶のお道具って。

これらのお道具を使っていただくことになったのは、お茶とお花と着付けをメインとして、日常に和を取り入れ、もっともっと輝く自分になるお手伝いをしている「わらいふ」の榎本妃奈子先生。
わらいふについて、次回の日記で紹介します!


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