カイヨワの遊びの分類をヨット にあてはめると
哲学者ロジェ・カイヨワによる遊びの分類というものがあるそうです。(Wikipediaより借用)「アゴン(闘争)」「アレア(偶然)」「ミミクリ(まね)」「イリンクス(めまい)」の4分...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅴ)
高校生〜大学生の頃はヨットからは離れてましたが、大学4年生になったとき、就職活動をすべき時に、突然ヨットに乗りたくなりました。それは失恋(苦笑)を癒すために外房の海を見に行った時、...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅵ)
厳しくも楽しい江の島ヨットハーバーでのクルー稼業でしたが、どうしたことか、オーナーがヨ...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅶ)
シーマーチン(ディンギー)を楽しんでいた頃、しばらくしたら前のヨットでの先輩から「理想のヨットを見つけたので一緒にクルーにならない?」という誘いを受けて再度クルーになったのが横浜の...
「春一番」の定義
故野本謙作氏の愛艇「春一番」を例に取るまでもなく、ヨット乗りにとって春一番という風は重...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅷ)
岡本造船所の船だまり(YCC)での38ftヨット”グーンエラン”でのクルー活動は充実していましたが、結婚して千葉に引っ越すことになり、それ...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅸ)
横浜ベイサイドマリーナに空きバースあり!という好機を逃しちゃなりません。(厄年を乗り越...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅹ)
ところで、横浜ベイサイドマリーナでは、懐かしい出会いもありました。ディンギーを自作した時に、お世話になった自作グループの方に再会したのです。ネバさんは、自作ディンギーからクルーザー...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅺ)
20年あまりのYBM暮らしでは、10艇を乗り継ぎました。金があるから10艇も乗り継いだのではありません。金がなくて納得いかない中古艇で妥協した結果10艇も乗り継いだのです。俗に言う...
余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅻ 完)
リベッチオ からバンドフェットへの乗り換えの顛末は既に書きました→以前の投稿 横浜ベイサイドマリーナの唯一の欠点は...