ゆうわファミリーカウンセリング新潟 (じーじ臨床心理士・赤坂正人)     

こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で、じーじ臨床心理士が公園カウンセリングやメールカウンセリングなどをやっています

クリストファー・ボラス(館直彦監訳)『太陽が破裂するとき-統合失調症の謎』2017・創元社

2024年12月26日 | 精神分析に学ぶ

 2017年のブログです

     *

 ボラスさんの『太陽が破裂するとき-統合失調症の謎』(舘直彦監訳・2017・創元社)を読みました。

 楽しみにしていた本で、すごくわくわくしながら読みました。

 ボラスさんはアメリカの精神分析家で、じーじもこれまでに何冊かの本を読んでいます。

 『精神分析という経験』(2004・岩崎学術出版社)という本はとてもいい本ですし、『終わりのない質問』(2011・誠信書房)もすごい本です(いずれもブログに感想文を書いていますので、よろしかったら読んでみてください)。

 今回の本は、統合失調症の患者さんへの精神分析的アプローチについて、多くの事例をもとにていねいに論じている本で、表題の、太陽が破裂するとき、はある患者さんの言葉です。

 内容は、事例が中心ですので読みやすいのですが、中味を理解するのはなかなかたいへんです。

 少なくとも、数回、自分の経験などとも照らし合わせながら読み深めていかないと、理解できないのではないかと思います。

 それでも、今回、勉強になったことは、まずは、患者さんの論理構造、思考構造をていねいになぞることの大切さ。

 なぞる、というと、精神療法家の下坂幸三さんの、言葉ですが、同じような細やかでていねいな作業をされているような印象を受けました。

 そういえば、下坂さんも精神分析の勉強から精神療法に入られたかたです。

 何か共通点があるのかもしれません。

 ボラスさんのなぞりはかなり徹底的で、そこに精神分析的な手法や考えが使われます。

 患者さんの一見支離滅裂な言葉から、つながりを見つけ出すその技はすごいですし、感動的です。

 そして、そういう作業を患者さんと一緒にやっていくことが、精神分析の、もの想い、につながり、情緒的体験を可能にするといいます。

 ここまでくると、もう完全に精神分析の世界になりそうです。

 なかなかたいへんな作業ですが、じーじも少しずつでも勉強し、努力をしていきたいと思いました。           (2017 記)

     *

 2019年4月の追記です

 「精神分析研究」63巻1号に東中園聡さんが本書の書評を書かれています。

 さすが東中園さん、というすばらしい文章で、読み応えがあります。

 じーじがよく理解できていなかったところもわかりやすく説明されていて、勉強になります。

 こんなふうな文章が書けるようになりたいなあ、と思いました。

 まだまだ勉強を深めていく必要があります。         (2019.  4 記)

 

コメント

ブログは匿名の日記のようなものだから何を書いてもいい、という人について考える-じーじのひとりごと

2024年12月26日 | ひとりごとを書く

 2024年12月のブログです

     *

 以前、ブログは匿名の日記のようなものだから何を書いてもいいんだ、という人に出会ったことがある。

 認知症のお母さんが部屋中にうんこをして、その後始末が大変だが、頑張っている、という内容のブログだった。

 介護は大変だな、と思うと同時に、ふと、お母さんのプライドについて考えてしまった。

 それで、介護で大変なのはわかるが、お母さんのプライドはどうなるのだろう?とコメントを書いたら、表題のようなリコメントが来た。

 加えて、認知症の老人が排泄に失敗するのは当然のことで、母も理解しているから、ということだった。

 なるほど、と思う一方で、しかし、やはりお母さんが可哀そうではないか、という想いが消せなかった。

 お母さんが直接読まなくても、まったくの他人の老人がこういう内容のブログを読んだ時に、将来、自分も子どもに似たような内容のブログを書かれてしまうのでないか、という不安を与えてしまいそうに思ったからである。

 確かに、匿名なら、個人の情報は洩れないし、個人の尊顔は守られるのかもしれないが、しかし、だからといって、それでいいのだろうか。

 日記を書きたいのなら、日記帳に書くか、パソコンに書いて保存をすればいい。

 しかし、それを、匿名とはいえ、公開するとなると、誰かが読むわけで、公開をした責任が生じるのではないかと思う。

 家族や親族の悪口を匿名で書いているブログを時々、散見するが、じーじいつも悲しい気分になる。

 内容もそうだが、そういう行為が悲しい気がする。

 匿名のブログの悪い面や欠点がもろに出ている例だと思う。

 思わず愚痴をこぼしたい気持ちは十分にわかるが、匿名とはいえ、悪口やプライバシーの侵害に当たることを公表していいのだろうか。

 そういうことが許されるのだろうか。

 それも言論の自由の範囲内なのだろうか。

 いろいろと考えさせられられる最近のじーじである。        (2024.12 記)

 

コメント

サンタさんの贈りものを孫娘たちといっしょに不思議がること-遊ぶことのちから

2024年12月25日 | 遊ぶことのちからを考える

 クリスマスのサンタさんをめぐる孫娘たちとのやりとりが数年前にあって、それがけっこう面白かったので、以下に再録します(2014年ころ、上の孫娘が4歳、下の孫娘が1歳ころのことです)。

     * 

 久しぶりに孫娘たちが遊びに来ました。

 上の孫娘が、サンタさんがプレゼントをくれたの、といって、赤い水玉の洋服を着たシルバニアを見せてくれました。

 下の孫娘も、ウーウー(そうだよ!)、といいます。

 じーじが、サンタさんは煙突から入ってきたのかな?と聞くと、上の孫娘は、うちにはえんとつはないの、といいます。

 じーじが、それじゃあ、窓かな?と聞くと、上の孫娘は、まどにはかぎがかかっているし‥、といいます。

 じーじが、不思議だね、といいますと、上の孫娘も、ふしぎだね、といいます。

 下の孫娘も、ウーウー(そうだねぇ)、といいます。

 サンタさんを何歳まで信じられるかが、幸せのバロメーターだという説があります。

 夢はできるだけ持ち続けたいものだと思います。

 また、おとなにわかることはきちんと伝えたほうがいいと思いますが、わからないことはどうすればいいでしょうか。

 人生、おとなにだってわからないことだらけです。

 じーじは、わからないことは、わからないねぇ、不思議だねぇ、でいいと思うのです。

 そして、子どものわからないことに丁寧に付き合うこと、それが大切ではないかと思います。

 わからないんだけれど、突き放さずに、丁寧に寄り添うこと、それが大切だと思います。

 子育てでも、カウンセリングでも、そこが大きなポイントかもしれまをせん。

 わからないことだらけでも、じっくりと付き合っていける生き方をしていきたいと思います。              (2014. 12?記)

    *

 2020年12月の追記です

 この時は知らなかったのですが、人生のわからないことやあいまいさに耐えること、これを詩人キーツさんはシェイクスピアさんをひいて、ネガティブ・ケイパビリティ(消極的能力・負の能力)と呼びました。

 精神分析でも、ビオンさんがこのことにふれて、その大切さについて述べています。

 これについては、「居心地」さんのブログが、2020年6月に、精神科医で小説家の帚木蓬生さんの『ネガティブ・ケイパビリティ』(2017・朝日新聞出版)という本をていねいにご紹介されていて、とても参考になります。         (2020. 12 記)

     *

 2024年12月の追記です

 キーツさんのネガティブ・ケイパビリティの考え方を、精神分析の土居健郎さんが『新訂・方法としての面接-臨床家のために』 (1992・医学書院)で紹介されています。

 日本では初めてだったのではないでしょうか。

 じーじはこの本で土井さんがキーツさんのことを紹介していることをおそらくは理解できずに、全然覚えていなくて、2019年頃にネガティブ・ケイパビリティが話題になった時に初めて気づきました(おそまつですねぇ)。

 土居健郎さんはやっぱりすごい臨床家です。        (2024.12 記)

     *

 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 1954年、北海道生まれ  

 1977年、家庭裁判所調査官として司法臨床に従事  

 2014年、放送大学大学院(臨床心理学プログラム)修了  

 2017年、臨床心理士

 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の相談・援助などを研究

 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006、『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011、『遊戯療法学研究』)ほか 

 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 連絡先 メール  yuwa0421family@gmail.com    

 

コメント (2)

わからないことに耐えることやあいまいさに耐えることの大切さについて考えてみる-精神分析に学んだこと、一つ、二つ

2024年12月25日 | 心理臨床を考える

 2024年11月のブログです

     *

 わからないことに耐えることやあいまいさに耐えることの大切さについて考えてみる。

 精神科医の中井久夫さんは、シェイクスピアさんの『ハムレット』を引用して、世の中には人間の力ではわからないことがいっぱいあること、そして、わからないことに耐えることの大切さについて述べている。

 人はわからないことがあると不安になるが、そこで安易に結論を急がずに、わからないことに耐えて考え続けることの大切さに言及し、それが希望を失わないためにも大切なことだと述べる。

 一方、精神分析のビオンさんは、詩人キーツさんがやはりシェイクスピアの作品の中にあいまいさに耐えることの大切さについて述べていることに触れ、早急に結論を出すことに消極的な能力、負の能力(ネガティブ・ケイパビリティー)の重要性について述べている。

 わからないことやあいまいなことに耐えて考え続けることは、成熟をした人格には不可欠な要素の一つであるようだ。

 人格が未熟な人は、早急な結論を求めて、考え続けるということが苦手だ。

 白か黒か、右か左か、イエスかノーか、などと二者択一の答えを求めがちだ。

 しかし、おそらくは、正解はその間のグラデーションの中のどこかにあるのだろうと思う。

 社会的には、自分の考えを主張し続けて、対立をあおるのではなくて、話し合いの中で、妥協点や一致点を見出していく作業が成熟した社会である。

 十分な話し合いをせずに自己の正義のみを主張するような人は、社会を分断し、差別し、違う意見の人を排除することになるだろう。

 多数決の原理は、一見、民主的に見えるが、話し合いが十分でない社会では、数による支配、力による支配になり、それは、独裁や全体主義、ファシズムの一歩手前の危険性をはらむ。

 ヒトラーだって、当時、最も民主的と言われたワイマール憲法のもとで合法的に政権を獲得し、その後は数と暴力でナチズムを推し進めたことを忘れてはならないだろう。

 わからないことに耐えることやあいまいさに耐えて考え続けるという成熟した人々が行なう政治が、こういった危険性を防ぐことになるのではないかと思われる。       (2024.11 記)

     *

 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 1954年、北海道生まれ  

 1977年、家庭裁判所調査官として司法臨床に従事  

 2014年、放送大学大学院(臨床心理学プログラム)修了  

 2017年、臨床心理士

 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の相談・援助などを研究

 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006、『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011、『遊戯療法学研究』)ほか 

 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 連絡先 メール  yuwa0421family@gmail.com    

 

コメント

きたやまおさむ『みんなの精神科-心とからだのカウンセリング38』1997・講談社

2024年12月24日 | 心理療法に学ぶ

 2016年ころのブログです

     *

 きたやまおさむさんの『みんなの精神科-心とからだのカウンセリング38』(1997・講談社)を再読しました。

 この本もずいぶん久しぶりです。

 きたやまおさむさんの本名は北山修さん。学者としては本名を名乗ります。

 そんなきたやまさんが一般向けに書いた精神科の本です(その後、文庫本も出ているようです)。

 もともとは雑誌・話の特集に連載された精神科についての連載。

 精神科の病気についてやカウンセリング、文化論、映画、などなど、多岐にわたって、気楽に読める文章が並びます。

 今回もいくつか印象に残った箇所がありました。

 ひとつは、子どもがおとなになることについての文章で、秘密をもつことと嘘をつくことの意味。

 子どもがおとなになるのはなかなかたいへんだなと考えさせられます。

 もうひとつは、サンタクロース。

 サンタクロースを信じられることは、子どもに楽観的な感覚を持たせてくれるといいます。

 そして、幻想が幻滅に至る過程にていねいにおとながつきあうことの大切さを述べます。

 以前、サンタさんについてのブログにも書いたように思いますが、やはりサンタさんをどれくらい信じられるかが子どもにとってはとても大切なことになるようです。

 さらには、きたやまさんお得意のつるの恩返しのお話。

 きたやまさんは、つるが逃げ去ることで終わらないで、つるの国まで追っかけて行って、つるを連れもどすことから、悲劇ではない、新しい物語が始まるかもしれない、といいます。卓見です。

 最後は、映画「マディソン郡の橋」。

 小児科医で精神分析家のウィニコットさんが、子どもが母親と二人でいて、一人でいることの大切さを述べていることに触れ、最後に出ていかない母親の大切さを指摘します。

 最近は、出て行ってしまう母親も増えていますが、深い考察が述べられています。

 軽い読み物ながら、考えさせられたり、刺激されることの多い本だと思います。               (2016?記)

     *

 2020年12月の追記です

 つるや母親が出ていかないで、ボロボロになりながらも、その場に「生き残ること」の大切さを精神分析では考えます。

 子育てはたいへんなことですが、周りの協力も得て、子どものそばで「生き残る」親が重要なようです。         (2020. 12 記)

     *

 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 1954年、北海道生まれ  

 1977年、家庭裁判所調査官として司法臨床に従事  

 2014年、放送大学大学院(臨床心理学プログラム)修了  

 2017年、臨床心理士

 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の相談・援助などを研究

 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006、『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011、『遊戯療法学研究』)ほか 

 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 連絡先 メール  yuwa0421family@gmail.com    

 

コメント (2)

東直己『半端者-はんぱもん-』2011・ハヤカワ文庫-ススキノ探偵シリーズの前日譚です

2024年12月24日 | 北海道を読む

 2019年のブログです

     *

 東直己さんの『半端者ーはんぱもんー』(2011・ハヤカワ文庫)を再読しました。

 東さんは札幌在住の小説家。

 『探偵はバーにいる』や『バーにかかってきた電話』などが有名で、映画化もされています。

 本作は、そのススキノの探偵が、まだ北大在学中の前日譚のできごとを描いた小説です。

 主人公は後日譚を想像させるようなお酒とギャンブルの生活を送りながらも、どこか一本、筋のとおった生き方をしていて、そこが魅力。

 まだ北大哲学科を中退する前で、一応、勉強もしている身であり、親友の高田(続編にも登場します)に誘われて、ミルトンさんの『失楽園』(!)の抄読会などにも真面目に参加しています。

 そして、家庭教師のアルバイトも複数、こなしています。

 しかし、生活の基本はお酒であり、おつまみです(なんだか今のじーじみたい)。

 その主人公が、ちょっとしたことからフィリピンダンサーがらみの事件に巻き込まれ、大変なことになります。

 最後は、……読んでのお楽しみ。

 まだ若き日の桐原というヤクザも登場し、物語に深みを与えます。

 本書はなぜか、しばらく息子のところにあったらしいのですが、今回、戻ってきて、再読をしました。

 久しぶりに読みましたが、やはりいい小説です。

 いい小説が読めて幸せです。             (2019.12 記)

 

コメント

クリスマスツリーを楽しみながらの訪問カウンセリングは、こころもキラキラ明るくなります

2024年12月23日 | カウンセリングをする

 こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で,じーじ臨床心理士が訪問カウンセリングや公園カウンセリング,海岸カウンセリング,里山カウンセリングを新潟市と北海道東川町(夏期)でたまにやっています。

 また,メールカウンセリングや面会交流の相談・援助も時々やっています。

 訪問カウンセリングは,屋内で行なう個人カウンセリングや親子・夫婦の家族カウンセリング,子どもさんの遊戯療法などで,ご自宅やお近くの屋内施設で,じっくりとご自分やご家族のことなどを考えてみます。

 料金・時間は1回50分3,000円で,隔週1回,あるいは,月1回などで行ないます。

 公園カウンセリングや海岸カウンセリング,里山カウンセリングは,屋外で行なう個人カウンセリングや家族カウンセリング,子どもさんの遊戯療法などで,お近くの公園や自然の中で,ゆっくりとご自分やご家族のことなどを考えてみます。 

 料金・時間などは訪問ウンセリングと同じです。

 メールカウンセリングは,メールによるカウンセリングや心理相談で,2週間に1往信で行ない,1往信700円です。

 面会交流の相談・援助は,相談はご自宅などで行ない,1回50分3,000円,援助はお近くの公園や遊戯施設,あるいはご自宅などで行ない,1回60分6,000円です。

 カウンセリング,相談・援助とも,土・日・祝日をのぞく平日の午前10時~午後3時に行やっています(すみません、年寄りなもので、夕方や週末のお仕事が難しくなってきました)。

 じーじのカウンセリングは,赤ちゃんや子どもさんがご一緒でもだいじょうぶなカウンセリングですので,お気軽にご利用ください。そういう意味では,深くはないけれども,現実の生活を大切にしたカウンセリングになるのではないかと考えています。

 料金は,低めに設定させていただいていますが,月収15万円未満のかたや特別なご事情のあるかたは,さらに相談をさせていただきますので,ご遠慮なくお問い合せください。

 ちなみに,消費税には反対なのと,計算がややこしいので,いただきません。

 お問い合わせ,ご予約は,メール yuwa0421family@gmail.com までご連絡ください。

     *

 駅の近くに部屋を借りて本格的にカウンセリングルームを運営するような臨床心理士さんとは違って、じーじは近くの公園や海岸、河川敷などでカウンセリングをしています。

 子どもさんを遊ばせながら、ちょっとだけ悩みごとを聞いてもらえればいいんですー、というお母さんや悩み多き若者(?)などがじーじのクライエントさんには多いです(じいじいやばあばあのみなさんもお断りはしませんが(?)、尊敬すべき先輩たちのみなさんですから、できるだけご自分で解決しましょうね)。

 おこづかいを貯めて(?)、お気軽に、遠慮せずに、ご利用ください。

     *

 クリスマスツリーを楽しみながらの訪問カウンセリングは、こころもキラキラ明るくなりますよ。

     *

 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 1954年、北海道生まれ  

 1977年、家庭裁判所調査官として司法臨床に従事  

 2014年、放送大学大学院(臨床心理学プログラム)修了  

 2017年、臨床心理士

 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の相談・援助などを研究

 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006、『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011、『遊戯療法学研究』)ほか 

 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 連絡先 メール  yuwa0421family@gmail.com    

 

コメント

沢木耕太郎『旅する力-深夜特急ノート』2008・新潮社-『深夜特急』の魅力

2024年12月23日 | 沢木耕太郎さんを読む

 2018年のブログです

     *   

 沢木耕太郎さんの『旅する力-深夜特急ノート』(2008・新潮社)を再読しました。

 2008年の本ですから、ちょうど10年ぶりです(いい本なのに、沢木さん、ごめんなさい)。

 このところ、沢木さんの『深夜特急』を読んできたのですが、先日、本棚を眺めていると、下のほうの段にこの本を見つけてしまいました。

 こういう偶然があるから読書はやめられません(といっても、単に整理整頓が苦手なだけなのですが…。今も沢木さんの本はあちこちの本棚に潜んでいて(?)、時々探している始末です)。

 本書は、沢木さんの旅の記憶や体験、文章を書くことの経験やそれについて考えること、そして、『深夜特急』に繋がる旅とその文章化について、などなどが述べられていて、とても刺激的で、面白く読めます。

 テレビの大沢たかおさん主演の『深夜特急』についても書かれていて、興味深いものもあります。

 ひとつ、発見をしたのは、『深夜特急』において、沢木さんが写真を載せていない点。

 沢木さんは、写真でなく、文章で勝負をしたかった、と書きます。

 ここは、じーじのブログと全く同じです(?)(じーじの場合は、単にカメラがないというだけなのですが…)。

 表現力に大きな差がありますが、文章の力を信じている点だけは同じなのかもしれません(ちょっとおおげさですかね?)。

 しかし、じーじが、『深夜特急』以外にも、沢木さんのエッセイを好んで読んでいる理由は、この辺にもあるのかもしれません。

 学ぶことも多くあります。

 あまり意識はしていませんでしたが、家裁調査官時代にも実はこっそり文章を真似していたかもしれません(?)。

 その割に、お粗末な文章ばかり書いていますが…。

 これからも、沢木さんを見習って、じーじのひとり旅や孫娘シリーズをせっせと書いていきたい(?)と思っています。               (2018. 12 記)

 

コメント

サンタさんとトナカイくんを眺めながらの公園カウンセリングは、こころもシャンシャン元気になります

2024年12月22日 | カウンセリングをする

 こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で,じーじ臨床心理士が公園カウンセリングや海岸カウンセリング,里山カウンセリングと訪問カウンセリングを新潟市と北海道東川町(夏期)でやっています。

 また,メールカウンセリングや面会交流の相談・援助もやっています。

 公園カウンセリングや海岸カウンセリング,里山カウンセリングは,屋外で行なう個人カウンセリングや親子・夫婦の家族カウンセリング,子どもさんの遊戯療法などで,お近くの公園や自然の中で,ゆっくりとご自分やご家族のことなどを考えてみます。

 料金・時間は1回50分3,000円で,隔週1回,あるいは,月1回などで行ないます。

 訪問カウンセリングは,屋内で行なう個人カウンセリングや家族カウンセリング,子どもさんの遊戯療法などで,ご自宅やお近くの屋内施設で,じっくりとご自分やご家族のことなどを考えてみます。

 料金・時間などは公園カウンセリングと同じです。

 メールカウンセリングは,メールによるカウンセリングや心理相談で,2週間に1往信で行ない,1往信700円です。

 面会交流の相談・援助は,相談はご自宅などで行ない,1回50分3,000円,援助はお近くの公園や遊戯施設,あるいはご自宅などで行ない,1回60分6,000円です。

 カウンセリング,相談・援助とも土日祝日をのぞく平日の午前10時~午後3時にやっています(すみません、年寄りなもので、夕方や週末のお仕事が難しくなってきました)。

 じーじのカウンセリングは,赤ちゃんや子どもさんがご一緒でもだいじょうぶなカウンセリングですので,お気軽にご利用ください。

 そういう意味では,深くはないけれども,現実の生活を大切にしたカウンセリングになるのではないかと考えています。

 料金は,低めに設定させていただいていますが,月収15万円未満のかたや特別なご事情のあるかたは,さらに相談をさせていただきますので,ご遠慮なくお問い合せください。

 ちなみに,消費税には反対なのと,計算がややこしいので,いただきません。

 お問い合わせ,ご予約は,メール yuwa0421family@gmail.com までご連絡ください。

     *

 駅の近くに部屋を借りて本格的にカウンセリングルームを運営するような臨床心理士さんとは違って、じーじは近くの公園や海岸、河川敷などでカウンセリングをしています。 

 子どもさんを遊ばせながら、ちょっとだけ悩みごとを聞いてもらえればいいんですー、というお母さんや悩み多き若者(?)などがじーじのクライエントさんには多いです(じいじいやばあばあのみなさんもお断りはしませんが(?)、尊敬すべき先輩たちのみなさんですから、できるだけご自分で解決しましょうね)。

 おこづかいを貯めて(?)、お気軽に、遠慮せずに、ご利用ください。

     *

 サンタさんとトナカイくんを眺めながらの公園カウンセリングは、こころもシャンシャン元気になりますよ。

     *

 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 1954年、北海道生まれ  

 1977年、家庭裁判所調査官として司法臨床に従事  

 2014年、放送大学大学院(臨床心理学プログラム)修了  

 2017年、臨床心理士

 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の相談・援助などを研究

 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006、『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011、『遊戯療法学研究』)ほか 

 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 連絡先 メール  yuwa0421family@gmail.com    

 

コメント

NHK・Eテレ「日曜美術館・相原求一朗」-北海道の山々を描いた画家に想う

2024年12月22日 | 北海道を読む

 2018年のブログです

     *

 たまたま、NHKのEテレを観ていたところ、今日の日曜美術館の特集が画家の「相原求一朗」さん。

 絵のことには全く疎いじーじですが、相原さんのことは知っています。

 まだひとり旅を始めたばかりの頃、じーじはどさんこの画家さんである坂本直行さん(六花亭の包装紙の絵の画家さんです)の絵が見たくて、帯広近郊の中札内村にある六花亭の美術村に行きました。

 そこで、坂本さんの絵を十分に堪能したあと、美術村の中をぶらぶらしていたら、相原求一朗美術館というのがあって(知らなかったとはいえ、相原さん、ごめんなさい)、入ってみました。

 すると、そこには、北海道の山々の絵がたくさん。

 どれもが、北海道の山らしい雄大な絵ばかりで、すっかりお気に入りになってしまった記憶があります。

 じーじにしては珍しく、椅子に座ったりして、見入ってしまったことを思い出します。

 じーじが知っている山だけでなく、知らない山も、なんとなく北海道らしくて(それがなぜかは、うまく言葉にできませんが)、すごいな、と思いました。

 帰りには坂本直行さんの絵はがきだけでなく、相原さんの絵はがきも買い求めるほどでした。

 今日のテレビを観ていると、相原さんは戦争中に満州にいたことがあり、戦後、それと似ている北海道を訪れるようになったとのことでした。

 満州では戦友が亡くなったりと辛い思い出があったようで、それが北海道の山の絵を描くなかに投影されているようです。

 確かに、重苦しいような印象もありますし、しかし、雄大な、爽快さみたいなものも感じられますし、ひと言では言い表せない深みみたいなものが感じられます。

 番組のゲストのかたが、見る人によって、いろいろな想いが湧いてくるのでしょうね、とおっしゃっていましたが、同感です。

 偶然でしたが、朝からいい番組を観れて、とても幸せな気分でスタートした日曜日です。        (2018. 12 記)

 

コメント

田中康裕『心理療法の未来-その自己展開と終焉について』2017・創元社-個別から普遍へ

2024年12月21日 | ユング心理学に学ぶ

 2018年のブログです

     *     

 田中康裕さんの『心理療法の未来-その自己展開と終焉について』(2017・創元社)を読みました。

 田中さんはユング派の分析家ですが、じっくりと読むのは初めて。

 かなり刺激的でいい本でした。

 田中さんは、心理療法はその対象によって常に改定される、といいます。

 神経症が対象だったフロイトさんの時代は精神分析、その後、精神分析は統合失調症や境界例にも適応されて発展しますが、解離性障害ではなかなか難しくなった、と指摘されます。

 それは、解離性障害では、それまで当然とされた「人格」の存在があやうくなった(?)ため、といいます(雑な要約で、間違っていなければいいのですが…)。

 そのために、それまでの、意識と無意識からなる「人格」を当然のものとしていたそれまでの心理療法では手に負えなくなったのではないか、と考察されます。

 そして、その後に出てきた発達障碍。

 ここでは、「心的未成」という状態が考えられ、まずは「心的誕生」が必要と考えられ、これまでの神経症、境界例、統合失調症という病態水準ではなく、それとは別の発達スペクトラムの視点での関わりが必要になる、と述べられます。

 当然、そのために必要な心理療法の技法も違ったものとなるようで、本書では、これまで常識とされていた中立性などの概念の再検討がていねいになされていて、とても参考になります。 

 そして、なにより刺激的だったのは、やはり、心理療法家は眼前のものへの個別性を大切にしたコミットメントが重要との指摘で、事例検討を重視し、個別から普遍へと進むことで事例研究に至るという考え方を徹底されています。

 ここらへんは、先日の遊戯療法学会のシンポジウムでも取り上げられていた点であり、真のエヴィデンスとは何か、を考えるうえで大切な視点になると思います。

 とても面白く、刺激的な本で、さらに読み込んでいきたいと思いました。         (2018.7 記)

     *

 2021年9月の追記です

 このブログを改めて読んでいると、精神分析のビオンさんの、記憶なく、欲望なく、理解なく、というフレーズがふと浮かびました。

 毎回毎回のカウンセリングが新鮮なことの大切さを強く感じますし、そこでしかカウンセリングの真の勝負はないのかな、と思ったりします。       (2021.9 記)

     *

 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 1954年、北海道生まれ  

 1977年、家庭裁判所調査官として司法臨床に従事  

 2014年、放送大学大学院(臨床心理学プログラム)修了  

 2017年、臨床心理士

 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の相談・援助などを研究

 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006、『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011、『遊戯療法学研究』)ほか 

 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 連絡先 メール  yuwa0421family@gmail.com    

 

コメント

沢木耕太郎『深夜特急1-香港・マカオ』1994・新潮文庫-ひとり旅を読む

2024年12月21日 | 沢木耕太郎さんを読む

 2018年のブログです

     *    

 沢木耕太郎さんの『深夜特急1-香港・マカオ』(1994・新潮文庫)を再読しました。

 ようやく全6巻読破です。パチパチパチ(?)。

 それも年末の大掃除前にできてしまいました。エッヘン(!)。

 行方不明の第1巻を大掃除の時に見つけようという計画(?)だったのですが、なぜか、先日、本屋さんで文庫本の棚を眺めていたところ、奇跡的に『深夜特急』の第1巻を見つけてしまったのです。

 値段も比較的安かったので(なんと490円です)、清水の舞台から飛び降りる覚悟で(ちょっと大げさですか)、大掃除の前に買ってしまいました(これはうちの奥さんには内緒です)。

 さっそく読んでみると、後の巻に比べて、文章がなんとなく初々しく、旅の出発にふさわしい印象を受けました。

 紀行文というのは、書いているうちに、少しずつ文章が変わってくるのかもしれません(おそらく、書き手の人間も変わっていくのでしょうね)。

 沢木さんの場合は、旅をした年齢のせいもあって、なんとなく大人になっていく青年を見ているような感じになります。

 しかも第1巻、最初はインドのデリーから書き始められています。

 デリーのお話から、そして、香港とマカオでのお話になるという展開で、旅のお話というのは、必ずしも時系列的でなくてもいいのかもしれません(これはじーじのでたらめな読み方の弁解をしているだけかもしれませんが…)。

 旅の思い出は螺旋的に出てきたり、その間にいろいろなお話が挟まったり、昔の思い出が語られたりして、重層的に豊かに語られるほどいいのかもしれません。

 じーじが買った第1巻は2018年8月20日発行の61刷。

 今でも読まれているのですね。

 沢木さんの『深夜特急』は、若者の自由な貧乏旅ですが、若い人たちにはもちろん、中年や老年のようなこころの旅が必要な人たちにも大切な本ではないかと思います。

 年末年始にゆっくりと味わうことをおすすめします。        (2018. 12 記)
 
     *

 2024年12月の追記です

 6年前の感想文です。

 沢木さんは今も素敵で、ダンディーですね。

 何が違うんだろう?

 うらやましいです!         (2024.12 記)

 

コメント (4)

河合俊雄・田中康裕編『大人の発達障害の見立てと心理療法』2013・創元社-ユング派の発達障碍の理解に学ぶ

2024年12月20日 | ユング心理学に学ぶ

 2018年のブログです

     *

 河合俊雄さんと田中康裕さんが編集をした『大人の発達障害の見立てと心理療法』(2013・創元社)を読みました。

 なかなか難しい本でしたが、かなり刺激的な本で、勉強になりました。

 お二人ともユング派の分析家ですが、ユング心理学だけにこだわらずに、精神分析や心理療法全般にも目配りがなされており、バランスのいい本です。

 発達障碍、と聞くと、空気を読めない、とか、自己流とか、マイペース、とかいったイメージが湧いてきますが、河合さんは、それらよりも、主体のなさや主体の未成立がその本質ではないか、という仮説を持っていらっしゃいます。

 主体が未成立だからこそ、状況に関係なく、刺激に流されてしまい、状況と関われないのではないか、とおっしゃっているように思います(間違っていないと思うのですが…)。

 したがって、主体を確立することが大切なことになるようです。

 そして、分離、発生、誕生などといった言葉や概念がキーワードになるといいます。

 そのうえで、発達障碍の人の心理療法においては、まず、周りとのずれの気づきが重要で、それも内省としてではなく、具体的なことがらからを通しての気づきや実感が重要になるようであり、そういう点で従来の心理療法と少し違う工夫が大切にだろうといいます。

 主体のなさの例証として、風景構成法という心理テストで、普通は10歳くらいの子どもに見られる、川が立つ、という描き方が、発達障碍の人では遅くに出現するという現象が挙げられていて、とても示唆的でした。

 いずれまた、近いうちに再読をして、さらに深く読み込んでいきたいなと思う本でした。           (2018. 10記)

     *

 2019年11月の追記です   

 発達障碍のかたは、悪気がないだけに、とても傷ついている人が多いと思います。

 まずはその怒りやうらみの受けとめが大切になりそうです。

 そのうえで、周囲とのずれの明確化や直面化を一緒に考えていくことになるのでしょうか。          (2019. 11記)

 

コメント (5)

ジェイ・ルービン『村上春樹と私-日本の文学と文化に心を奪われた理由』2016・東洋経済新報社-村上さんを翻訳する(?)

2024年12月20日 | 随筆を読む

 2019年のブログです 

     *

 ジェイ・ルービンさんの『村上春樹と私-日本の文学と文化に心を奪われた理由』(2016・東洋経済新報社)を読みました。

 ルービンさんはハーバード大学の名誉教授、村上さんの『ノルウェイの森』や『ねじまき鳥クロニクル』などの翻訳で知られます。

 そのルービンさんの、村上さんとの出会いから最近の交流までを描いたエッセイです。

 面白いです。

 いろんな村上さんらしい逸話が出てきて、飽きません。

 例えば、ルービンさんのクラスで村上さんの『パン屋再襲撃』を取り上げた際、ルービンさんが、海底火山は何の象徴か?と学生にきくと、ゲストで来ていた村上さんが、火山は象徴ではない、ただの火山だ、あなたがたはお腹がすくと火山が思い浮かびませんか?僕は浮かぶんです、空腹だったから、と述べる場面が出てきて、象徴よりも物語を大切にする村上さんを描きます。

 また、村上さんが、夏目漱石の作品の中で『坑夫』が一番好きなこと、そして、『海辺のカフカ』の中で、カフカくんが、『坑夫』は何を書いたのかわからないという部分が不思議にこころに残る、と話す場面を挙げて、村上さんがやはり物語を大切にしていることを述べられていて、そういう村上さんを信頼している姿が印象的です。

 村上さんの小説の英訳についても、細かいことよりも、英文で読んで面白いかどうかを重視するという村上さんの姿勢に、同じようなものが感じられます。

 他にも、ルービンさんの『三四郎』の翻訳にまつわる村上さんとのできことや芥川龍之介の翻訳にまつわる村上さんとのエピソードなど、興味深い逸話が紹介されています。

 村上さんのエッセイと同じくらい、村上さんの世界が楽しめるいい本だと思います。         (2019.3 記)

     *

 2023年10月の追記です

 ルービンさんの挙げたカフカくんの言葉が気になって、その箇所を読んでみました。

 カフカくんが大島さんという青年と『坑夫』について話していて、この小説には体験からの教訓などが書かれていないことを挙げて、この小説はいったい何を言いたいんだろうって、でもなんていうのかな、そういう、なにを言いたいのかわからない、という部分が、不思議にこころに残るんだ、うまく説明できないけど、と述べています。

 また、次のところでは、彼にとって、自分で判断したとか選択したとか、そういうことってほとんどなにもないんです、なんていうのかな、すごく受け身です、でも僕は思うんだけど、人間というのはじっさいには、そんなに簡単に自分の力でものごとを選択したりできないんじゃないかな、とも述べています。

 不思議さを大切にして、人間の力には謙虚であるという村上ワールドが全開ですね。       (2023.10 記)

     *

 2024年12月の追記です

 じーじは、努力をすれば、夢は必ずかなう、という言葉が嫌いです(?)。

 他にもそう言っている方がいらっしゃいますし、じーじもそんな趣旨のブログを書いたことがあります。

 漱石さんの『坑夫』の主人公のように、夢に向かわない人生も拙いとは思うけれど、夢の向かいすぎるのも拙いような気がします。

 夢多き若者にはまことに申しわけないとは思いますが、人生、どんなに努力をしても、夢がかなわないことのほうが多いのではないかなあ、と考えています。

 しかし、夢は大切だと思いますし、それに向かっての努力も大切だ、と思っています。

 大事なことは、夢がかなわなかった時に、どうするかではないのかな、と思うのです。

 夢に固執してしまうのか、新たな夢に向かえるのか、そこが大きなポイントのような気がします。

 夢に押しつぶされずに、自由に頑張ってほしいと思います。        (2024.12 記)

 

コメント

神田橋條治『精神科講義』2012・創元社-患者さんを大切にする精神科医に学ぶ

2024年12月19日 | 精神科臨床に学ぶ

 たぶん2017年ころのブログです

     *

 精神科医で精神療法家の神田橋條治さんの『精神科講義』(2012・創元社)を再読しました。

 神田橋さんは、じーじが若い頃、名著といわれている『精神科診断面接のコツ』(1984・岩崎学術出版社)や『精神療法面接のコツ』(1990・岩崎学術出版社)などという面接技法の本を読ませていただいて、心理療法の勉強をさせていただいたかたで、じーじにとっては、土居健郎さんや河合隼雄さんなどとともに重要な先生です。

 その神田橋先生の精神科医療についての本で、この本もじーじにとっては中井久夫さんの精神病についての何冊かの本と並んで大切な本です。

 今回がたぶん3回目の再読ではないかと思うのですが、アンダーラインでにぎやかなだけでなく、付箋があちこちにあって、本がだんだんと膨らんできてしまいました。

 それでも、今回、初めて気づいた箇所もあったりして、あいかわらず自分の読みの甘さを反省させられましたし、何回読んでもいい刺激になる大切な箇所もいっぱいあって、勉強になりました。

 今回、印象に残ったことのひとつは、他の大家もよく言われていることですが、心理療法において、わからないところをきくことの大切さ。

 すぐにわかった気にならないで、不思議なところ、よくわからないところをていねいにきくことの重要性を指摘されています。

 そして、共感というのは、わからないところをきいて、双方がわかるからこそ共感が生じる、と述べています。

 また、治療者が、ああでもない、こうでもない、といろいろきいているうちに、患者さんもそういうやりとりの中で気づきを得るからこそ、患者さん自身の気づきになる、ともおしゃっています。

 さらに、この時に、治療者の理解はできるだけがまんをして言わずにいて待つと、それが患者さんの気づきを得られやすくする、とも述べられています。

 このあたりは、治療者が事態を理解するだけでなく、患者さんも事態を理解できる道筋が示されていて、たいへん勉強になりました。

 他にも、相手を大切にすることが即自分を大切にすることになること、看護においては意見の統一より個性をいかすことが重要、パワーポイントの功罪と双方向の議論の大切さについて、などなど、勉強になることが多くありました。 

 なにより読んだ後にすがすがしい気分になれて、本当にいい本だと思います。

 いつかまた読んでみたいなと思いました。           (2017?記)

     *

 2024年3月の追記です

 今ごろ気がついたのですが、神田橋さんも、わからないことに耐えることの大切さ、を述べておられました。       (2024.3 記)

 

コメント