海運業界、「用船料はピーク時の1%」の悪夢
岡本 享
鉄鉱石を運ぶバラ積み船。鉄鉱石の輸送が頭打ちになるとの予想も出てきた
中国ショックの荒波に海運業界が揺れている。
2015年9月の海運中堅・
第一中央汽船の破綻に続き、
同年12月には国内船主大手の
ユナイテッドオーシャン・グループ(UOG)が会社更生手続きを開始した。
第一中央汽船は海運会社の支援を得られず、国内船主や造船所など債権者から出資を受けて再建をはかる方針だ。
苦境の主因は、船舶の供給過剰による強烈な市況下落だ。海運会社の船隊には、資源や穀物を運ぶバラ積み船、定期輸送を担うコンテナ船、さらに積み荷ごとに自動車船、タンカー、LNG(液化天然ガス)船などがある。
用船料は損益分岐点を1年半下回る
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全船隊の4割以上はバラ積み船で、中でも鉄鉱石の輸送などに使われる、大型船・ケープサイズが半分近くを占める。大型船はリーマンショック前の海運バブル期には稼ぎ頭となったが、足元では用船料がピーク時の1%の水準で低迷。1年半近く損益分岐点の2万~2万5000ドルに届いていない(左図)。
鉄鉱石の世界需要の7割近くは中国が占める。海運バブルはリーマンショックではじけたが、中国の景気対策により市況は
2009年ごろに一時上向いた。すると用船料や船価が上昇すると見て投機資金が造船市場へ流入した。
だが
2010年以降、中国の経済成長が鈍ると、一気に船舶供給過剰が表面化し、
2015年には中国の粗鋼生産量が減少に転じて荷動きも失速。中小型船を含め、バラ積み船の総合的な値動きを表すバルチック海運指数(BDI)は、1985年に算出を開始して以来の最安値を更新している。
老朽船の処分は増えているものの、需給の改善が期待されるのは
2017年ごろだ。さらに業界では、鉄鉱石輸送の世界需要自体が
2019年にピークアウトするという、“悪夢のシナリオ"がささやかれる。
中国では成長鈍化が続く中、鉄スクラップの再利用率が上昇し、鉄鉱石輸入量は減少に転じる。世界ではインドの粗鋼生産量が増えるが、同国は鉄鉱石の産出国でもあり、海上輸送は増えない。
破綻した第一中央汽船・薬師寺正和社長の「バラ積み船は構造不況に陥った」という言葉が重みを増している。
海運大手各社はリストラを急ぐ
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日本郵船、商船三井、川崎汽船の大手3社は、バラ積み船の多くで、鉄鋼メーカーなどの荷主と5~10年の中長期契約を結んでいる。そのため市況に直撃はされないが、契約更新ごとに体力は奪われる。
追い込まれた日本勢の姿を象徴するのが
商船三井だ。同社は、市況上昇を先取りして船隊を増強する“積極経営”で、リーマンショック前には業界首位の利益をたたき出した。しかし2016年3月期には、リーマン前の牽引力だった短期契約のフリー船で、中小型船から撤退。大型船でも大幅縮小を決めた。
川崎汽船の場合、ケープサイズの中長期契約比率を9割まで高めることで36年間バラ積み船の黒字を守ってきたが、ついに赤字へ転落。フリー船をさらに圧縮する。
日本郵船は航空・物流事業を育成してきた分、傷は浅いものの、バラ積み船は同様に赤字転落が濃厚だ。12月に会社更生手続き入りしたUOGは、全船隊を日本郵船へ貸し出していた。契約は維持される見込みで、
日本郵船が損失を被ることはなかったが、船隊にはドル箱である自動車船も含まれ、継続使用に障害が生じるおそれもあった。自社船を減らしてリスクを軽減するオフバランス経営に潜む危うさを露呈した。
3社ともこうした苦境に手をこまぬいていたわけではない。リーマンショック後は、大型船投入による効率化、老朽船処分や不採算航路縮小を進めてきた。が、それらは、市況回復を前提としたものが多かった。現実の変化は速く、市況が予想以上に悪化すると、リストラを繰り返し迫られた。今の低迷は経営判断の遅れが招いた結果だ。
大荷主である資源・穀物メジャーは寡占化し、輸送の一部を自社船が担うなど、価格支配力を強めている。海運の側も、コンテナ船の世界最大手・マースクラインなどは、M&Aと超大型船の投入でシェア拡大を進めている。
これ以上の円安効果は期待薄
一方、日本勢が新たな柱として期待を寄せるLNG船や海洋開発などのエネルギー分野は、原油安を受けて不透明感を拭えない。これまでは円安と燃料安が本業の低迷をある程度補っていたが、2017年3月期はこれ以上の下支えを期待できそうもない。
海運市況は長期で見れば、船舶の供給過剰と需給逼迫が20年程度の間隔で繰り返されてきた。ただ船舶の大型化、投機資金の流入で足元の需給ギャップはかつてない水準に達しており、「今度の調整には50年程度かかる」と肩を落とす関係者もいる。
足元のバラ積み船用船料は中国の春節明けで反発したが、SMBC日興証券の長谷川浩史アナリストは「ケープサイズの2017年3月期平均は7000ドル程度」と見通す。
韓国では、現代グループ中核の現代商船が経営難に陥り、資産売却を迫られている。日本勢でも、第2、第3の第一中央汽船、UOGが現れる危険は否めない。激しい市況変動という高波に翻弄され、業界は新たな航路を展望できずにあえいでいる。
(「週刊東洋経済」2016年3月19日号<14日発売>「核心リポート02」を転載)
岡本 享
鉄鉱石を運ぶバラ積み船。鉄鉱石の輸送が頭打ちになるとの予想も出てきた
中国ショックの荒波に海運業界が揺れている。
2015年9月の海運中堅・
第一中央汽船の破綻に続き、
同年12月には国内船主大手の
ユナイテッドオーシャン・グループ(UOG)が会社更生手続きを開始した。
第一中央汽船は海運会社の支援を得られず、国内船主や造船所など債権者から出資を受けて再建をはかる方針だ。
苦境の主因は、船舶の供給過剰による強烈な市況下落だ。海運会社の船隊には、資源や穀物を運ぶバラ積み船、定期輸送を担うコンテナ船、さらに積み荷ごとに自動車船、タンカー、LNG(液化天然ガス)船などがある。
用船料は損益分岐点を1年半下回る
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全船隊の4割以上はバラ積み船で、中でも鉄鉱石の輸送などに使われる、大型船・ケープサイズが半分近くを占める。大型船はリーマンショック前の海運バブル期には稼ぎ頭となったが、足元では用船料がピーク時の1%の水準で低迷。1年半近く損益分岐点の2万~2万5000ドルに届いていない(左図)。
鉄鉱石の世界需要の7割近くは中国が占める。海運バブルはリーマンショックではじけたが、中国の景気対策により市況は
2009年ごろに一時上向いた。すると用船料や船価が上昇すると見て投機資金が造船市場へ流入した。
だが
2010年以降、中国の経済成長が鈍ると、一気に船舶供給過剰が表面化し、
2015年には中国の粗鋼生産量が減少に転じて荷動きも失速。中小型船を含め、バラ積み船の総合的な値動きを表すバルチック海運指数(BDI)は、1985年に算出を開始して以来の最安値を更新している。
老朽船の処分は増えているものの、需給の改善が期待されるのは
2017年ごろだ。さらに業界では、鉄鉱石輸送の世界需要自体が
2019年にピークアウトするという、“悪夢のシナリオ"がささやかれる。
中国では成長鈍化が続く中、鉄スクラップの再利用率が上昇し、鉄鉱石輸入量は減少に転じる。世界ではインドの粗鋼生産量が増えるが、同国は鉄鉱石の産出国でもあり、海上輸送は増えない。
破綻した第一中央汽船・薬師寺正和社長の「バラ積み船は構造不況に陥った」という言葉が重みを増している。
海運大手各社はリストラを急ぐ
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日本郵船、商船三井、川崎汽船の大手3社は、バラ積み船の多くで、鉄鋼メーカーなどの荷主と5~10年の中長期契約を結んでいる。そのため市況に直撃はされないが、契約更新ごとに体力は奪われる。
追い込まれた日本勢の姿を象徴するのが
商船三井だ。同社は、市況上昇を先取りして船隊を増強する“積極経営”で、リーマンショック前には業界首位の利益をたたき出した。しかし2016年3月期には、リーマン前の牽引力だった短期契約のフリー船で、中小型船から撤退。大型船でも大幅縮小を決めた。
川崎汽船の場合、ケープサイズの中長期契約比率を9割まで高めることで36年間バラ積み船の黒字を守ってきたが、ついに赤字へ転落。フリー船をさらに圧縮する。
日本郵船は航空・物流事業を育成してきた分、傷は浅いものの、バラ積み船は同様に赤字転落が濃厚だ。12月に会社更生手続き入りしたUOGは、全船隊を日本郵船へ貸し出していた。契約は維持される見込みで、
日本郵船が損失を被ることはなかったが、船隊にはドル箱である自動車船も含まれ、継続使用に障害が生じるおそれもあった。自社船を減らしてリスクを軽減するオフバランス経営に潜む危うさを露呈した。
3社ともこうした苦境に手をこまぬいていたわけではない。リーマンショック後は、大型船投入による効率化、老朽船処分や不採算航路縮小を進めてきた。が、それらは、市況回復を前提としたものが多かった。現実の変化は速く、市況が予想以上に悪化すると、リストラを繰り返し迫られた。今の低迷は経営判断の遅れが招いた結果だ。
大荷主である資源・穀物メジャーは寡占化し、輸送の一部を自社船が担うなど、価格支配力を強めている。海運の側も、コンテナ船の世界最大手・マースクラインなどは、M&Aと超大型船の投入でシェア拡大を進めている。
これ以上の円安効果は期待薄
一方、日本勢が新たな柱として期待を寄せるLNG船や海洋開発などのエネルギー分野は、原油安を受けて不透明感を拭えない。これまでは円安と燃料安が本業の低迷をある程度補っていたが、2017年3月期はこれ以上の下支えを期待できそうもない。
海運市況は長期で見れば、船舶の供給過剰と需給逼迫が20年程度の間隔で繰り返されてきた。ただ船舶の大型化、投機資金の流入で足元の需給ギャップはかつてない水準に達しており、「今度の調整には50年程度かかる」と肩を落とす関係者もいる。
足元のバラ積み船用船料は中国の春節明けで反発したが、SMBC日興証券の長谷川浩史アナリストは「ケープサイズの2017年3月期平均は7000ドル程度」と見通す。
韓国では、現代グループ中核の現代商船が経営難に陥り、資産売却を迫られている。日本勢でも、第2、第3の第一中央汽船、UOGが現れる危険は否めない。激しい市況変動という高波に翻弄され、業界は新たな航路を展望できずにあえいでいる。
(「週刊東洋経済」2016年3月19日号<14日発売>「核心リポート02」を転載)