我が子守りたい一心 東日本大震災避難者の会 「Thanks&Dream」代表 原発賠償関西訴訟原告団代表 森松明希子氏
http://mainichi.jp/articles/20161103/ddn/004/070/042000c
東京電力福島第1原発事故で、国から避難指示が出ていない地域から避難した「自主避難者」への住宅無償提供が来年3月で打ち切られる。「子ども・被災者生活支援法」=1=では、自主避難者への支援がうたわれているだけに、避難者の困惑は大きい。避難者グループの代表に現状を聞いた。【聞き手・湯谷茂樹、写真・小関勉】
--来年3月には自主避難者への住宅提供が打ち切られます。
地震や津波による被災は、がれきや壊れた街並みを見て理解することができます。ところが、原発事故は見えない放射能による被災です。五感で感じることのできない放射能からわが子を守りたいと思うのが母親なんです。自主避難者に多い母子避難は、わが子を守りたい一心で周囲の反対をふりきってきたケースがほとんどです。鼻血など子どもの体調不良に背中を押され避難に踏み切ったという人も少なくありません。
しかし、自主避難の経済的、精神的負担は大きく、不本意ながら帰還せざるを得なくなった避難者は後を絶ちません。それだけに、自主避難を続けているお母さんの中には、避難先の自治体が提供してくれている「みなし仮設住宅」=2=などの住宅支援が命綱という人が何人もいます。そうしたお母さんにとって、福島県が決めた自主避難者への住宅無償提供打ち切りは、強制送還と一緒です。
原発事故によって、安全な居住の権利が奪われて避難しているのに、安全じゃないと考えているところに無理に引き戻されるというのは、人権侵害じゃないでしょうか。超党派の議員で作った「子ども・被災者生活支援法」には、「避難の権利」が盛り込まれています。何兆円もの除染費用に比べ、わずかな額の自主避難者支援を打ち切ることは、おかしなことです。
いま、避難が継続できるよう、受け入れ先の自治体に要望書を出すなどの動きが始まっています。
--いまの政府の姿勢をどう思っていますか。
政府は復興期間を2020年度までと定め、帰還する人への支援には熱心ですが、避難を続けたいという自主避難者への支援は打ち切ろうとしています。たまたまなのでしょうが、20年は東京五輪の年です。五輪誘致の際に、安倍首相は「アンダーコントロール」と言って、福島の安全を強調しました。政府は、放射能汚染を認めたくないので、避難者の存在を隠してしまいたいのだろうかと勘ぐりたくなってしまいます。
一般人の放射線被ばくの限度は全国どこでも年間1ミリシーベルトであることが法律で決まっています。ところが、原発事故があった福島県では、除染によって強制避難区域の線量が20ミリシーベルトを下回ったから、帰ってきてくださいと言っているんです。おかしくないですか。
--福島県の県民健康調査で子どもの甲状腺がんが多数見つかっています。
福島県内にいるお母さんは大きな不安を抱えながらも、うちの子は大丈夫と自らに言い聞かせているのではないでしょうか。
つらいことに向き合いたくないという心理もあり、子どもの甲状腺がん検査を縮小しようという動きもあります。しかし、調べなければ、わからないし、知ることもできない。因果関係だってわかりません。うちの子も、避難仲間の子どもたちも、半年に1回、エコー検査を受け続けています。
原発事故前、小児甲状腺がんの発症は100万人に1人か2人とされていました。ところが事故当時の18歳以下の人口が約38万人の福島県で、検査のたびに小児甲状腺がんやがんの疑いと診断される子どもが増え続け、いまや170人以上になります。検査の縮小は正しい選択なのでしょうか。
これほど小児甲状腺がんが増えても調査を担当する医師ら「専門家」は、原発事故との関係に否定的です。私たち一般市民にデータを読み解く力はありませんが、「専門家」の言うことを信じている国民がどれほどいるでしょう。
--避難の決断をしたことについて、今どう考えていますか。
避難前は、ヒステリックだなどと言われました。それでも、子どもの健康リスクを下げることを優先しました。避難後も、帰るべきかどうか思い悩む日々でしたが、5年半余りが経過して、葛藤はなくなりました。
低線量被ばくによる健康被害は晩発性で医学的因果関係の立証も困難です。そうしたことに乗じて原発事故の真実が隠されようとしていると感じています。避難が正しかったかどうかは歴史によってしか証明されないと思います。
--原告代表をしている原発賠償訴訟はどんな裁判ですか。
「避難の権利」が憲法上の権利であると主張しています。原発事故の被災者にも当然、被ばくから免れて健康を享受する権利があります。高濃度の放射能に汚染された地域は政府が避難指示を出しますが、避難指示区域外の住民はとどまるか避難するかを自分で選択することを迫られます。とどまる人、避難する人、いずれに対しても、原発事故を起こした電力会社や国は、被災者が被ばくから免れるために必要な具体的施策を実施する責任があると訴えています。
--避難生活を振り返って思うことは何ですか。
被ばくから逃れたいという思いは誰も否定できないと思うのですが、福島では、避難をさせまいとする社会的状況がつくりだされました。安全ですよと「専門家」が繰り返し宣伝し、逃げたほうがいいのではという思いを消す。逃げた人が発言すると、復興の妨げだ、歩く風評被害だとバッシングする。こうして「避難の権利」が封じこめられようとしてきました。
こうした物言えぬ空気は、日本社会を見回すと、原発事故に限ったものではないことに気づかされます。子どもたちを守っていくために、被害を受けている当事者が声を上げることが大切だと思っています。
聞いて一言
福島第1原発事故からまもなく5年8カ月。被ばくを逃れるために生活の地を離れた避難者の姿が見えにくくなっている。森松さんが強調していた「物言えぬ空気」のせいもあるだろう。それとともにメディアが当事者の声を伝え切れていない現実もある。復興庁HPは「子ども被災者支援法」の概要の説明で「支援対象地域での居住・他地域への移動・帰還を自らの意思で行えるよう、いずれを選択しても適切に支援」と記している。全会一致で成立させた議員にも声をあげてもらいたい。
■ことば
1 子ども・被災者生活支援法
2012年6月、超党派の議員立法として成立。原発事故被災者が避難、滞在、帰還のいずれを選んでも国が支援すると定めた理念法。自主避難者らは理念の実現を求めてきたが、政府は15年8月、「新たに避難する状況にない」と将来的な支援の縮小・廃止方針を打ち出した。
■ことば
2 みなし仮設住宅
避難先の自治体が、公営住宅や民間住宅の空き部屋を借り上げ、避難者に無償提供する制度。家賃は被災県を通じて国が負担する。東日本大震災で初めて本格導入された制度で、今年1月1日現在で3万6294戸あり、全仮設住宅6万5704戸の約55%を占める。
■人物略歴
もりまつ・あきこ
1973年兵庫県生まれ。2011年3月、福島県郡山市で東日本大震災に被災。1カ月の避難所生活を経て、医師の夫を福島に残し、当時3歳と6カ月の2児を連れて大阪市へ母子避難した。