鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

3月5日(月)曇。

2018-03-05 09:02:42 | 直言!
今朝、フエスブックに更新したものをはりつけておきます。

3月5日(月)曇。奈良新聞や他の新聞では朝9時頃から1日、雨の予報です。スマートフオンは朝6時に降っていったんやんで12時ごろから降るという予報です。奈良市内は今、降っていない、とりあえず空は曇です。朝8時前の室温は22度で44%、エアコンは寒い時より2度下げている。
今週が始まった。朝9時半にリハビリの先生、11時に看護師さんがこられる。バタバタする半日になりそうだ。
3月3日の土曜日、「雑記帳の集い」の会員、創設時から一緒に活動したUさんから手紙が届いた。2月の末、「雑記帳」冊子38号の原稿の編集会議があったようだ。そのとき参加した人の集合写真と手紙を送って下さった。写真の中で記憶にある人はほんの3・4人、これも心得て写真の人の名前も書いて下さっていた。雑記帳の投稿欄、掲載されている人、知っている人もいるが知らない人などもいて思い浮かべて読んでいることから、気配りをして下さった。感謝です。
編集会議の中で多くの人が集まってする作業が校正である。この校正の編集会議は私が編集にかかわっているときに考案した。まわりからそんなことしなくてもいいと、侃々諤々だった。しかし会員が1人でも多く奈良新聞社の会社に来て親しみを持ってもらう。これは新聞の購読にもつながる。会員増加にもつながる。また私は当時80余人もいた会員の原稿の校正、編集委員10人程度で読むのも大変である。これで校正の見落としがあればだれが責任を持つのか。そう思ったら「自分の原稿は自分で読もう」と、訴えた。なんとかこのことは通過して今にいたっている。出席できない人は欠席している人の原稿の校正をしていく。これでいい。そしてこうして奈良新聞社のデスクたちと繋がっていく。これでよいと思っている。1年に1回、発行してきた冊子、この5月に38号を発行する。雑記帳の集いが5周年を迎えた時、当時のデスクが近鉄奈良駅のところにでる電光掲示板に表示してくれた。あのときの会員の感動と喜び、もう33年前のことである。会員と奈良新聞社の尽力と努力でここまで運営できたことに感謝です。5周年のとき会長していた。1年で引いた。これでいい。ひきぎわの大切も大事にしていた。
私は雑記帳の集いが縁で月刊奈良編集局に誘われてここで仕事をするようになった。記者のほとんどは大卒、高卒の私はいつも不安感があった。しかし幹部役員は私にいう。「この仕事が好きだったらいい。それとやる気があるか」と、私に話し学歴は関係ないと言って下さった。しかし事務員も短大卒である。楽しかったけれどいつも悶々と悩み日本国籍の切り換えにも悩んだ。30代、40代はいろいろとあった人生だった。Uさんとも意見の食いちがいでいいろあった。しかし私の1番最初の投稿原稿、退院してきてからの現況を書いた投稿原稿に私も知っている友人と一緒にわが家に来て下さった。私より一回り上です。足も大変だったのに階段はどうしたのだろうかと、今頃気になっている。

ラジオで聞いたこと。日本人は長生きしている。これは戦後は肺結核が多かった。冷蔵庫がなくて保存食は塩分が多く脳卒中が多かった。そして長生きは繋がりが大切という。タバコの喫煙より孤独が寿命を縮めるらしい。人と人の繋がりは話して気を張りつめて生きがいにもなっている。それが今は地域でのデイサービスである。

昨日、フエスブックを見ていると木津川市商工会女子部の会合に同級生が写っていた。若い時はもっと綺麗で木津高校1番のモダンガールといわれていた。しかし今は年相応になっている。みんな同じである。一昨年、電話もらって口が元気な私に、病気と思えないといっていた。懐かしい顔に一喜一憂していた。

今朝、食べたものはご飯、ご飯が少ないので一作日の夕食の残り、スパゲテイーを食べた。焼き鮭とほうれん草のおひたし、ウインナ2本、大根の漬物など、約350カロリーかな。今日はこのへんで。写真は朝食まえの7時半頃の外の景色です。ベッドに座ってさつえい。








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