明日はクリスマスイブ。キリスト教のカトリック教会では終夜ミサが行われ、救世主イエス・キリストの降臨が祝われるのですが、このコロナ禍ではミサも行われないかも知れませんね。そんな聖夜を迎える日に日本の映画館に降臨するのは、”殺しの神”と言ってもいい2人。昨年韓国で観客動員数第2位となった韓国映画『ただ悪より救いたまえ』の主人公、インナムとレイの2人です。まずは本作のデータからどうぞ。
『ただ悪より救いたまえ』 公式サイト
2020年/韓国/韓国語ほか/108分/原題:다만 악에서 구하소서
監督:ホン・ウォンチャン
主演:ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、パク・ジョンミン
提供:ツイン、Hulu
配給:ツイン
宣伝:スキップ
※12月24日(金)よりシネマート新宿、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
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物語は東京から始まります。東京に潜んでいる韓国人殺し屋インナム(ファン・ジョンミン)の所に、殺しを依頼する電話がかかります。殺す相手は暴力団の東京支部長コレエダ・ダイスケ(豊原功補)。インナムは見事な手腕でコレエダと手下たちを皆殺しにし、仲介人から莫大な仕事料を受け取ります。その後インナムは、飲み屋で偶然見たパナマの風景写真に心惹かれ、殺し屋を引退してパナマに住むことを考えていました。
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ところが彼のもとに、仲介人を介して昔の知り合いキム・チュンソン(ソン・ヨンチャン)から連絡が入り、かつてインナムが愛した女性ソ・ヨンジュ(チェ・ヒソ)の娘ユミンが誘拐されて行方不明という情報が伝えられます。ヨンジュとユミンは現在タイのバンコクで暮らしており、インナムは出国以来連絡を絶っていたのですが、キムはヨンジュのことを気に掛けていたようでした。やがてインナムの所に、ヨンジュが遺体で発見され韓国に送還されるが、身元引受人としてインナムが指名されている、という連絡が入ります。韓国の仁川でヨンジュの遺体と対面したインナムは、遺品のサイフに入っていたヨンジュと娘ユミンの写真を発見しました。
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8年前、ある事情からヨンジュと別れて国を離れなくてはいけなくなったインナムでしたが、ヨンジュはその後自分が妊娠していることを知り、当時インナムの上司だったキムに相談していたのでした。その時生まれた自分の娘が目下バンコクで行方不明、とわかったインナムはバンコクに飛ぼうとしますが、仲介人からは、「お前の始末したコレエダの実弟は、かの悪名高いレイ(イ・ジョンジェ)だった。葬儀にやってきたレイは仇を取ると息巻き、お前のゆくえを血眼になって捜している」という情報がもたらされます。そして、バンコクに飛んだインナムが、地元の情報屋やクラブで歌うトランスジェンダーのユイ(パク・ジョンミン)の助けを借りてユミンの行方を捜しているその前に、武器を構えたレイが姿を現したのでした...。
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とにかく凄まじいのが、イ・ジョンジェ扮するレイのキャラクター。朝鮮半島から日本にやってきたレイの父が職業にしたのが牛やブタの食肉解体業で、その父の影響により、レイは殺す相手を逆さにつるし、解体していくのがお決まりになった、という人間です。そういう異常性を象徴するのが首回りに彫ったタトゥーで、その不気味さと下品さは相当なもの(彫り師も凄腕というか、背面はできても、側面&前面は無理なのでは?)。ファン・ジョンミン扮するインナムが、冷徹な殺し屋でありながら随所で暖かい人間味をこぼれさせるのに対し、レイは悪の権化の死神とでも言うしかありません。この12月15日で49歳になったイ・ジョンジェは、頬のかすかな贅肉がおっさん臭さを感じさせますが、スリムな体は昔のままで、画面に登場すると暑いバンコクに一瞬クールな風が吹くような感じがします。
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ファン・ジョンミンは、『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018)が一瞬頭の隅をよぎるキャラクターでしたが、これほど人を殺した役は初めてだったのではないでしょうか。それでもさすがファン・ジョンミンだけあって、鮮やかな殺しのテクニックを流れるような動作で見せてくれ、冒頭から引き込まれます。ファン・ジョンミンも51歳ながら、年をまったく感じさせない強靱な肉体で、緊迫感溢れるアクションシーンを次々と見せてくれます。
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さらに、ファン・ジョンミン以上に魅力的だったのが、トランスジェンダー、ただしお金がなくて性転換手術はまだ、というユイに扮したパク・ジョンミンです。パク・ジョンミンの演技のうまさは、イ・ビョンホンの弟役を演じた『それだけが、僕の世界』(2017)でも、達者なピアノ演奏と共に記憶に残っていますが、今回はおネエのユイを完璧な姿で演じて見せてスゴイ!のひと言。ちょっとしたしぐさやセリフが我々のイメージするおネエそのもので、ユイの登場によって物語は一層面白くなります。けなげなユミン役の少女と共に、殺伐たるシーンの中のオアシスになってくれました。
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こういった人物たちにはっきりした輪郭線を与えているのが上手な脚本で、これまで『チェイサー』(2008)や『殺人の告白』(2012)の脚本に参画してきたというホン・ウォンチャン監督は、個性が強すぎる登場人物たちを自在に動かしてテンポよくこの血みどろな物語を語り進め、日本、韓国、タイで起きる出来事を繋いで行きます。監督第2作目なのですが、見事なカメラワーク(『パラサイト 半地下の家族』のホン・ギョンピョ撮影監督。さすがというか、最初の日本での静謐なシーン等にうならされます)もあいまって、自身の代表作とも言える作品を作り上げました。
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それにしても気になるのは、タイトルの意味です。聞いた時、すぐに「主祷文」あるいは「主の祈り」と呼ばれるキリスト教の祈りを思い出したのですが、「天にましますわれらの父よ」で始まる主祷文の最後は「われらを悪より救い給え」で終わるものの、『ただ悪より救いたまえ』とは意味がずれているような。劇中に解題らしきシーンもなく、謎のまま終わってしまいました。ご覧になった方でおわかりになった方は、ぜひ教えて下さいね。最後に予告編を付けておきます。
『ただ悪より救いたまえ』本予告