韓国映画界で、作家性を一番感じさせてくれるパク・チャヌク監督。「鬼才」と呼ぶのがぴったりのパク・チャヌク監督の作品は、私には少々難解なところもあるのですが、見始めると引っ張られてぐいぐいその世界に連れ込まれてしまう、魔性の作品でもあります。今回の『別れる決心』もまたそうで、主人公の刑事も、ヒロインとなる未亡人の女性もとっても変、あ、いや、とってもユニークです。というわけで、ちょっとご紹介していきましょう。
『別れる決心』 公式サイト
2022年/韓国/138分/原題:헤어질 결심/英語題:Decision to Leave
監督:パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン
提供:ハピネットファントム・スタジオ、WOWOW
配給:ハピネットファントム・スタジオ
※2月17日(金)全国ロードショー
© 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
やり手刑事のチャン・ヘジュン(パク・ヘイル)は、若手刑事スワン(コ・ギョンピョ)と組んで捜査にあたるのが常でした。ヘジュンは史上最年少で警視に昇格した記録を持つ、有能を絵に描いたような刑事です。しかも性格は真面目で、仕事の関係で離れて暮らしているリケジョ研究者の妻アン・ジョンアン(イ・ジョンヒョン)を大事にし、一人暮らしを余儀なくされても生活が乱れることなどこれっぽっちもないという、理想的な男でした。そんな彼が今回捜査することになったのは、少々奇妙な事件です。出入国・外国人庁の元職員である中年男、キ・ドスが、登った岩山の頂上から落ちて亡くなったのです。単なる事故か、それとも誰かに突き落とされたのか――キ・ドスには若くて美しい中国出身の妻ソン・ソレ(タン・ウェイ)がおり、ソレは夫が死んだというのに普通の女性のように取り乱したりはせず、毅然とした態度で警察の人間にも接してきます。「これは何か匂うぞ」と思ったヘジュンでしたが、ソレにはちゃんとしたアリバイがありました。介護士として年老いた女性たちの世話を担当していたソレは、その日ある老婦人の所に訪問介護に行っていたのです。
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いろいろ調べているうちに、キ・ドスは不法入境者からワイロをもらっていた疑いをかけられており、どうやらそれに抗議して身の潔白を証明するために自殺したのではないか、という線が出てきます。この間、ソレを何度か取調室に呼び、個人的な話もいろいろとするうちに、ヘジュンは自分が彼女に惹かれていることを自覚せずにはいられなくなります。中国出身なので韓国語があまり上手ではないのに、言語感覚が妙に鋭いソレと話す時の喜びや、彼女にちょっと翻弄されている感じのするやり取りなどが、だんだんとヘジュンを虜にしていきます。そんな中でヘジュンは、ソレのアリバイを崩せる証拠を発見するのですが、あえてそれを暴かずに、遠回しに彼女に警告だけをして一件を落着させます。そこに至るまでの日々は、ソレとの駆け引きを楽しみ、濃密な時間を過ごせたという充実感をヘジュンに与えてくれたのでした。
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こうして事件が解決を見、別れた2人でしたが、その後ヘジュンは妻の働く地方都市の警察に異動し、妻と穏やかな生活を送ろうとしていました。ところがその矢先、何の運命のいたずらか、その街にある市場で再び2人は出会ってしまいます。ソレは新しい夫イム・ホシンと一緒に歩いていたのですが、株式アナリストというホシンはどう見てもまともな人物には見えません。こうしてヘジュンは再び、ソレのことが気にかかって仕方がない毎日へと引き戻されていきます。そしてあろうことか再び事件が起きるのですが、それもキ・ドスの岩山飛び降り事件に勝るとも劣らない、奇妙な殺人事件だったのでした...。
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とストーリーを書いても、どこが面白いのかわからない感じですが、一風変わった人間が2人、つかず離れずの軌跡を描きながらどうやら破滅に向かって進んでいる、という感覚は、見る者にとても面白いスリルを味わわせてくれます。この難しい役柄を、『神弓 ーKAMIYUMIー』(2011)や『王の願い ハングルの始まり』(2019)、そして本作の1ヶ月後に日本公開される『ハンサン ー龍の出現ー』(2022)で時代劇の主人公たちを真摯に表現したパク・ヘイルが演じて見せますが、演じながらかなり戸惑ったのでは、と思えるような役柄です。かたやヒロインは、中国出身で香港でも活躍、2014年には韓国のキム・テヨン監督と結婚した女優タン・ウェイ(湯唯)が演じています。汚れ役やコミカルな役を演じさせても上手なタン・ウェイですが、本作ではファム・ファタル感を漂わせる正統派ヒロインを、しゃん!と伸びた美しい背筋で演じており、ヘジュン刑事ならずともクラクラッとしそうです。パク・チャヌク監督も、「自信に満ちたソレというキャラクターは、彼女なら説得力が出ると思ったんです」と語っていますが、脚本もタン・ウェイをイメージしながら書かれたのかも知れません。
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そんな魅力的で歯ごたえのある主人公たちに加えて、細部もよく作り込まれていることが、この映画をとても面白い作品に仕上げています。登場する小道具というか大道具というか、出てくる物がいずれも奇妙で自己主張が強く、いちいち画面を止めて登場させる意味を監督に聞きたいと思ってしまうシーンがいくつもありました。例えば、キ・ドスが死亡する岩山(下写真)も、切り立った崖だけでできているつるつるの岩肌の高い山、しかも頂上がハゲ山で松が何本かあるという奇妙な設定ですが、自然がどのように風化させようと、こんな山はできっこない、という存在なのです(まさか、韓国には本当にあったりして?)。ほかにも、イム・ホシンの住む高級住宅とプールとか、ラストに現れるあっと言うような砂浜の造形物とか、パク・チャヌク監督大いに遊ぶ、という画面がいろいろ登場します。
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パク・チャヌク監督は、『JSA』(2000)はもちろんのこと、『オールド・ボーイ』(2003)まではちょっと素っ頓狂な物や変わった人間が登場することはあっても、 ストーリー展開に邪魔のない登場の仕方でした。ところが、イ・ヨンエを主演に据えた『親切なクムジャさん』(2005)以降は、ぶっ飛んだ展開がぶっ飛んだ事物をひっさげてやってくる、という感じで、私の理解を超えるようになりました。それを考えると、『別れる決心』はまだしも現実世界との垣根が低い作品ではありますが、どうしてこういう人物が創出できるのだろう、と、監督の頭の中をのぞいてみたい思いにやはりかられます。そんな観客予備軍を見越してか、本日「パク・チャヌク監督が語る 3分でわかる映画『別れる決心』」という動画が公開されました。まずはこちらをご覧下さい。
パク・チャヌク監督が語る 3分で分かる映画『別れる決心』(2/17公開)
これを見るとわかりやすい映画のようですが、それでも映像の凝り具合から、一筋縄ではいかない作品だということがわかっていただけるのではないかと思います。パク・チャヌク監督、やはり「鬼才」であり、「異才」でもありますね。パク・チャヌク監督の顔写真も宣伝さんから提供していただいたのですが、あまりにもカッコイイ写真が多いので、複数枚貼り付けておきます。お年を召されて、ますます素敵になられましたね、パク・カンドクニム。
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カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したほか、多くの国で様々な映画賞にノミネートされた本作ですが、韓国では観客動員数が189万人、興行収入も196億496万ウォン(約20億円)という、昨年の興収第8位の好成績を挙げました。ミステリー好きの韓国の観客、本作を細部まで面白がって楽しんだのでは、と思います。さあ、日本の観客もこの『別れる決心』に挑戦してみましょう。あとはあなたの、「見る決心」だけです! 最後に予告編を付けておきますので、劇場に是非どうぞ。
映画『別れる決心』予告編 2023/2/17(金)公開