以前にもお伝えしましたが、ヤスミン・アフマド監督の『タレンタイム~優しい歌』がいよいよ日本でも、3月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開されます。すでに日本でも何度か上映されている作品ですが、今回は字幕も一新され、さらなる工夫もしてあって、ヤスミンがこの作品に注ぎ込んだ愛を十分に皆様に伝えることができる上映となっています。まずは、基本データからどうぞ。
『タレンタイム~優しい歌』 公式サイト
2009/マレーシア/マレー語、中国語、タミル語、英語/120分/原題:Talentime/日本語字幕:武井みゆき/字幕監修:戸加里康子/協力:西村美須寿
監督:ヤスミン・アフマド
主演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール、モハマド・シャフィー・ナスウィップ、ハワード・ホン・カーホウ
配給・宣伝:ムヴィオラ
※3月25日(土)よりシアター・イメージフォーラム、4月よりシネマート心斎橋ほか全国順次公開
© Primeworks Studios Sdn Bhd
物語のオープニングは、試験真っ最中の教室から。タン先生(タン・ユウリョン)のクラスの試験なのですが、なぜかハフィズ(モハマド・シャフィー・ナスウィップ)は消しゴムをサイコロ代わりにして、選択する答えの数字を出しています。それを苦々しそうに見つめるのは優等生のカーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)。そばで大口開けて寝ているメルキンをタン先生が叱って起こしたところに、扉の外からアヌアール先生がタン先生を呼び出す潜めた声が聞こえてきます。アヌアール先生の話とは、学内で催されるタレントコンテスト「タレンタイム」の教師の部に、一緒に出ようというお誘いでした。「タレンタイム」の提案をしたのは校長のアディバ先生(アディバ・ヌール)で、アディバ先生に片思い中のアヌアール先生は、何としてもいいところを見せたいのでした。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
出場者選びが始まります。ですが、なかなか、みんなの代表になって、タレントを競うにふさわしい生徒が出て来ません。アディバ先生が何回「Next!(はい、次の人!)」と言ったかわからない頃になって、ようやく出場者の顔ぶれが固まり始めました。ギターを弾きながら自作の素敵な曲を歌ったハフィズ、二胡を見事に弾きこなして「茉莉花」の曲を奏でたカーホウ、高校生ながら成熟した魅力を漂わせているムルー(パメラ・チョン)はピアノを弾きながら歌い、この3人は候補に残りました。審査した先生たちは、そのほか候補者となった生徒たちの中から出場者を選び、彼らに合格したという通知を届けてもらうメッセンジャーに選ばれた生徒たちのところへ。バイクで通学するメッセンジャーの男子生徒たちは、その後自分が担当する出場者の送り迎えをすることも命じられていました。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
こうして、タレンタイムの日に向けて、リハーサルが繰り返されます。ムルーの送り迎え担当となったのはマヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)でしたが、無口なのはいいとして、時にムルーのことを無視するような態度を取る彼。頭に来たムルーは、ある日その怒りを彼にぶつけてしまいますが、彼にはそうしなければならないわけがあったのでした...。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
「タレンタイム」という、「タレント」と「タイム」をくっつけた造語は、プレスによると「マレーシア英語で、学生の芸能コンテストのこと」だそうです。何となくダジャレっぽいので、ヤスミン・アフマド監督が作った造語かと思っていました。ヤスミンの作品は、多民族、多宗教、多言語国家であるマレーシアを、理想も込めてそれぞれの民族を対等に描いてあるところが大きな特長です。マレーシアの実際の民族構成は、マレー系が約67%、華人が約25%、インド系が約7%、その他が1%となるのですが、それぞれの場によって、この民族構成は違ってきます。たとえば、マレーシアのお役所やそれに準ずる所に行くと、マレー系の人ばかりが目立ちますが、反対に首都クアラルンプル(KL)の繁華街ブキット・ビンタンを歩いていると、商売に従事する多くの人が華人です。本作は、ヤスミン・アフマドならではの、マレーシア民族構成になっているとも言えます。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
まずマレー系の人ですが、本作のハフィズがマレー系で、イスラーム教徒(ムスリム)です。モスクで祈るシーンが出てきますが、頭にはムスリム帽を被り、手足をすすいでモスクに入って行う敬虔な彼の祈りは、ある厳粛なシーンのあとだけに、胸に迫ります。言葉はマレーシア語(マレー語)が母語なのですが、学校では英語を使い、タレンタイムで歌う歌も英語の歌です。彼が歌う歌は2曲あって、「Just One Boy」と「IGo」。いずれもヤスミンと仲のよかったピート・テオが作詞・作曲したもので、日本版の予告編にも「I Go」が使われています。ハフィズ君とこの歌については、またいつか詳しくご紹介しましょう。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
ハフィズにライバル意識を燃やすカーホウは、華人です。マレーシアの華人は、広東系、福建系、潮州系、客家系などいろいろ出身地が分かれ、それぞれに言葉も違いますが、カーホウは広東語を話しています。タン先生も広東系という設定らしく、タン先生とカーホウは広東語でやりとりをします。華人は家ではそれぞれの母語である中国語方言で話し、外に出ると英語でやり取りし、もちろんマレーシア語もできて、時には華語(北京語、普通話)もできる、というように、複雑な言語生活を送っている人が多いですね。ヤスミンの弟分的存在だったマレーシアの監督ホー・ユーハン(何宇恆)も広東系の華人で、彼女の身近に広東系の人が多かったせいか、『細い目』(2004)のジェイソンにも広東語を話させていました。本作ではカーホウは、中国の伝統楽器二胡(イーウー/アルフー)が弾けるところを見せて、伝統的な家庭で育ったことを感じさせてくれます。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
ムルーの家はちょっと複雑で、お父さん(ハリス・イスカンダル)はどうやらマレー人とイギリス人の混血のよう。イギリスから、お父さんの母親(スーザン・アン・チョン)がやってくる、というシーンがあり、たくましくてプライドの高い、でも下世話にも通じた祖母が登場します。お母さん(ミスリナ・ムスタファ)はマレー系なのですが、お手伝いに華人のメイリン(メイリン・タン)を雇い、まるで姉妹みたいに馴染んでいます。普通のマレーシアの人にとってはちょっと奇異に感じられるシーンですが、メイリンもムスリムという設定なので、あの親しさもなるほどと思わせられます。そう、現実のマレーシアは、民族の壁、宗教の壁が結構高くて、だからこそヤスミンはいろんな場で「私たちはカラー・ブラインド(色盲=肌の色で人を分け隔てしない人を指している)になろう」と訴えているのです。ムルーは上のシーンでは「Angel」を歌いますが、これもピート・テオの作詞作曲です。日本版予告編のもう1本には、この「Angel」が使われています。
© Primeworks Studios Sdn Bhd
そして、タレンタイムには出場しないのですが、ムルーの送迎担当となるのがこのマヘシュ君です。インド系で、タミル語を話すヒンドゥー教徒です。家では、お母さん(スカニア・ヴェヌゴパール)はほぼタミル語。大学に行っているらしいお姉さん(ジャクリン・ヴィクトル)は英語とタミル語が半々、同居している親戚の看護師ヴィマラ(シェリナ・クリシュナン)はほぼ英語、そして実はもう一つ言語が使われるのですが、それはまたいつかご説明を。マヘシュ君にはお母さんの弟にあたる叔父さんのガネーシュ(モハマド・レズアン)がいて、マヘシュをとてもかわいがってくれます。
という風に、主要な登場人物たちが、マレーシアのそれぞれの民族を代表している作品でもあります。さあ、この人物たちが、どんな物語を紡いでいくのでしょう。このあともいろいろご紹介していきますが、あまりストーリーを詳しく紹介しすぎて、皆さんの感動をそがないように気をつけますね。本作は、まっさらな心で見ていただくと、皆さんの心どころか、魂に灯りがともるような感動を与えてくれる作品です。ヤスミン・アフマド監督は本作が世に出たちょうど4ヶ月後、2009年7月25日に急逝してしまいますが、彼女が心血注いだ遺作が8年遅れとは言え、日本で公開されるのは嬉しい限りです。予告編を付けておきます。
映画『タレンタイム~優しい歌』予告編(「I Go」&「Angel」2バージョン連続版)
ウィキによると、本作がマレーシアで公開されたのは2009年3月26日ですが、実はその前日、3月25日に香港で封切られています。それからちょうどピッタリ8年後の3月25日(土)に日本で封切られるというのも、日本が大好きだったヤスミン・アフマド監督の魂がアレンジしてくれた偶然なのでしょうか。ファンの方は、ぜひこの日に見に行きましょう!
なお、3月18日(土)~24日(金)には、ヤスミン・アフマド監督の他の作品が上映されるかも、という情報も入ってきています。またわかり次第、お伝えします。上の写真は、2006年10月の東京国際映画祭で『ムクシン』(2006)が上映された時に来日したヤスミン・アフマド監督です。彼女の右にいるのがムクシンを演じたモハマド・シャフィー・ナスウィップ、つまり『タレンタイム』のハフィズ君です。左端は『ムクシン』の主演女優で、シャリファ・アマニの妹でもあるシャリファ・アルヤナですが、『ムクシン』ももう一度、ぜひ見ておきたいですね。ヤスミンの咲く春が待ち遠しいです。